出汁は、京料理の縁の下の力もち。そのおいしさを次代へつなぎ、京都の食文化を守る。

 京都と若狭(福井県)を結ぶ若狭街道は〝鯖街道〟とも呼ばれ、若狭で水揚げされた鯖がひと塩され、都まで運ばれて来た道。天正年間にその街道筋で茶店を営み、旅人に〝麦飯とろろ〟を供したのが平八茶屋の始まり。初代・平八の名を今も連綿と引き継いで440年余の歴史と味を守り伝える京都きっての老舗です。21代目の園部晋吾氏に京料理の魅力とその味を支える出汁の歴史や引き方のコツについてお話をうかがいました。

f:id:kyokanko:20210104213649j:plain

風格ある平八茶屋の騎牛門 と お庭

先人たちがおいしいと感じた滋味

 和食の基本は出汁だといわれますが、出汁を取るという技術はいつごろからあったのか、また、昆布と鰹節で引く出汁はいつ頃から使われてきたのか、出汁の歴史や種類について園部氏にお尋ねしました。
 「出汁は、日本人の味覚の基軸といっても過言ではないと思っています。多彩な料理を味わえる今こそ、日本人の味覚を形成しただけでなく、歴史や伝統、マナーなど多様な日本の文化を築いてきた和食を見直すことで、子どもも大人も心身共に健康になろうという『食育基本法』の理念にもあるように、出汁の味こそ日本人の味覚と文化の原点だと思っています。
 古くは奈良時代から出汁のようなものはあったようです。奈良時代の古文書に〝堅魚煎汁(かつおのいろり)〟とあるのが鰹を煮詰めたようなものであったのではないかといわれています。昆布はさらに古くからあったようですが、鰹や昆布は宮廷への献上品、あるいは〝調〟と呼ばれる税で、庶民には手の届かない貴重品でした。

f:id:kyokanko:20210104213302j:plain

昆布と花鰹

 庶民が昆布や鰹の出汁を使い始めたのは、あくまで想像ですが、江戸時代の中期から後期くらいからではないでしょうか。ただ、先人たちは無意識のうちに野菜や魚の煮汁がおいしいことに気づき、結果として野菜や魚から抽出される出汁を味わっていたと思います」とのこと。ちなみに〝堅魚煎汁〟とは、現在の出汁というより醤醢(ひしお)のような調味料であったそうです。 

 「昆布はグルタミン酸、鰹はイノシン酸で、そのほか、椎茸(しいたけ)のグアニル酸、貝類ならコハク酸など、山海の幸にはそれぞれの滋味、自然のうま味が内包されていています。また、グルタミン酸とイノシン酸が合わさると相乗効果が生まれて、さらにおいしくなるということを経験的に知っていたのですね。それらのうま味成分はいずれもアミノ酸、つまり蛋白質です。生命維持のために絶対に必要な成分、アミノ酸をおいしいと感じるのは本能なのかもしれません」。おいしさの感受性は、生命力の発現であるのかもしれないと園部氏は語ります。

出汁のうま味を体で味わっていた日本人

 〝所変われば味変わる〟といいますが、出汁にはそれぞれにお国ぶりがあるようです。一般的には昆布と鰹節ですが、地方により鮪や鯖の節、アゴと呼ばれる飛魚やイリコで知られる鰯などの干物も使われ、京料理でも深いコクを出すために鮪や鯖を使うこともあります。
 「百通りの出汁があるといわれる通り、昆布だけでも〝利尻〟〝羅臼(らうす)〟〝日高〟〝真昆布〟とあり、その採れる産地ごとに味も特性も異なります。京都の料亭それぞれに好みの昆布や魚の節も違いますし、一番出汁と二番出汁でも味が違う。何から出汁を引くかということも味の違いですが、出汁の味を大きく左右するのが水。たとえば、関東の水は硬水のため、昆布のうま味・グルタミン酸が抽出しにくいので、しっかりと鰹節を補うことになります。鰹を多く使うと生臭さが残るので、香りのある醤油ベースで味つけをする。一方、関西の水、特に京都の水は軟水系のため、昆布の味がよく出るので昆布のうま味をベースに鰹節は香りづけ程度に補い、塩か淡口醤油で味を調えます。汁物の色が関東は濃く、関西が薄いのはそのためです。また、京都でも深いコクを出す時には、鮪や鯖も使いますし、水質によっても出汁の味は変わります。
 昆布出汁は、60度くらいの温度で1時間ほどかけて引くとよい出汁が出るといわれますが、ご家庭では前日の夜から水につけておくだけでもいいです。また、グルタミン酸は胃でもうま味を感じることが最近の研究で分かり、そのために消化を助けて体にもいい」と園部氏。
 日本の先人たちは、舌だけでなく体で出汁のうま味を感じ取っていたようです。

f:id:kyokanko:20201228103651j:plain
f:id:kyokanko:20201228103657j:plain
f:id:kyokanko:20201228103703j:plain
出汁を引く様子

素材の滋味を生かす出汁のうま味

 「出汁の旨味が際立つのは、何といっても椀物。懐石料理では、鴨や鶏などしっかりお腹も膨れる煮物椀こそが一番のごちそうです。また、茶碗蒸し・蕪蒸し(かぶらむし)などの蒸物や炊き合わせも出汁が決め手」と園部氏。そして、その三大料理を園部氏に作っていただきました。
 煮物椀は、鴨のつみれをメインの具に、人参、壬生菜、しめじをあしらい、上から薄葛(うすくず)仕立ての蕪の摺り流しをかけた一品。芯から体がほっこりしそうな椀物です。
蒸し物は、京都ではグジと呼ばれる甘鯛と銀杏(ぎんなん)、百合根(ゆりね)の具の上から摺り下ろしたつくね芋で覆って蒸し上げ、一番出汁の吸い地を張ったつくね蒸し。山葵(わさび)を利かせた冬ならではのごちそうです。
 炊き合わせは、海老芋と穴子、湯葉、菊菜をそれぞれ別々に炊いてから盛り合わせた一鉢。 
 「家庭料理なら、野菜など煮物は材料を一緒に炊きます。一緒に炊くと互いの味が混じり合って雑味となります。雑味は逆にコクや深みとなりおいしいのですが、我々料理人は海老芋なら海老芋、穴子なら穴子の素材そのものの味を生かせるように、出汁のうま味を加えたシンプルな味つけで、別々に炊いてから器に盛り合わせます」との説明。〝炊き合わせ〟という料理名の意味に合点がいきます。

f:id:kyokanko:20210104212800j:plain

煮物椀・蒸し物・炊き合わせ

京料理を未来へつなぐため、出汁の味を覚えてもらう

 京料理の伝統を守り、時代に即した新しい取り組みにも挑戦する老舗料亭の若旦那の集まり〝京都料理芽生会〟の会長も務めた園部氏は、活動の一環として京都の小学生に向けた食育活動も行っています。
 「今の子どもは、洋食や中華の味よりも和食の味に馴染みが薄いのかもしれません。伝統的な日本の味を未来に伝えるため、先ずは、和食の味のベースである出汁のおいしさに気付いてもらおうという食育活動をしています。最初は昆布だけの出汁、次に鰹と合わせた一番出汁、最後に塩や淡口醤油で味付けしたお吸い物の〝吸い地(出汁)〟を少しずつ試飲してもらうのですが、昆布出汁をおいしいという子どもは大体、クラスに1人か2人。一番出汁は半分ほどの子どもが、吸い地はほとんどの子どもがおいしいといってくれます。何度もこういう試みをしましたが、おおよそは同じ結果です。昆布出汁だけでもおいしいといった子どもは、日頃から和食を食べ慣れているご家庭のお子さんなのですが、そうでない子どもも、お吸い物の味をおいしいと感じてくれている。そのことに我々はとても救われています。
 それと同時に、日頃から和食を食べることで、お箸の使い方や器の持ち方といった食事のマナー、季節や行事に合わせた料理、旬の野菜や魚の産地など、食事を通して地元京都への歴史や伝統への興味が生まれる。そして、季節感や情緒を醸成するなど舌だけでなく、全身で京料理の魅力と奥深さに気付いていってもらえるような活動を続けないといけないと痛感しています。我々京料理に携わる者の役割は、仕事としてお客様をもてなすだけでなく、和食のおいしさ、とりわけ、その神髄でもある京料理の奥深さと素晴らしさを発信し、京料理を未来につないでいくことだと思っているのです」。
 園部氏はじめ、京料理に携わる料理人たちは、子どもたちに出汁のおいしさを伝えることで、京都の歴史や伝統、歳時など種々の生活文化やマナー、そして何より、安全で安心な食生活の習慣で、健康な体を作っていくという京料理の総合的な魅力を未来に伝え、残すための地道な活動をなさっています。 

f:id:kyokanko:20210104214011j:plain

平八茶屋 園部晋吾氏(21代目)

<京都料理芽生会>
京都料理芽生会は、料理屋に生まれた若旦那の集まりです。京都料理芽生会のウェブサイトでは、京料理の一流料理人による、京都府産農林水産物を使用した家庭向けレシピ動画をご覧いただけます。
京都料理芽生会ウェブサイト:http://kyoto-mebaekai.com/

<京の食文化>
「京の食文化ミュージアム・あじわい館」のウェブサイトでは、京都の食文化や食材について詳しく解説しています。京の食文化を知りたい方は、ぜひご覧ください。
京の食文化ミュージアムあじわい館:https://www.kyo-ajiwaikan.com/shokubunka

この記事を書いた人:株式会社グラフィック 京都いいとこマップ編集部

f:id:kyokanko:20201225100603j:plain

印刷の通販®️を運営する(株)グラフィックでは、自社一貫制作の京都観光フリーペーパー「京都いいとこマップ」を15年以上にわたり発行。またWEB版も運営し、地元編集部だからこそ発信できる京都観光情報を提供し続けている。 京都いいとこWEB:http://kyoto.graphic.co.jp

観光に関するお問合せ
京都総合観光案内所(京なび) 〒600-8216
京都市下京区烏丸通塩小路下る(京都駅ビル2階、南北自由通路沿い)
TEL:075-343-0548
京都観光Naviぷらすの運営
公益社団法人 京都市観光協会
〒604-0924
京都市中京区河原町通二条下ル一之船入町384番地
ヤサカ河原町ビル8階
サイトへのご意見はこちら

聴覚に障がいのある方など電話による
御相談が難しい方はこちら
京都ユニバーサル観光ナビ 京都のユニバーサル観光情報を発信中。ユニバーサルツーリズム・コンシェルジュでは、それぞれの得意分野を持ったコンシェルジュが、京都の旅の相談事に対して障害にあった注意事項やアドバイスを無償でさせていただきます。
京都観光Naviぷらす
©Kyoto City Tourism Association All rights reserved.
  • ※本ホームページの内容・写真・イラスト・地図等の転載を固くお断りします。
  • ※本ホームページの運営は宿泊税を活用しております。