千年の都・京都は公家、武家、宗教、芸能文化の中心地で、それぞれの世界でつながれた食文化の伝統もまた、息づくまちです。
各界の伝統文化と茶や歌、香、花、能といった芸能文化の影響もあり、舌はもとより、おいしさを五感で堪能させる高度なもてなしもまた、京料理の魅力。
その歴史と伝統を振り返り、京料理の真のおいしさや魅力とは?
京料理・萬重の若主人、田村圭吾氏が解き明かします。


京料理の伝統をつなぐ幾つかのジャンル
「一口に京料理といっても、幾つかの伝統的なジャンルがあります。千年の都であった京都ですが、もっと以前から神と人が共に食事をすることで、神のミタマノフユ、つまり、神徳にあずかるという宴(うたげ)の原初の姿〝直会(なおらい)〟と呼ばれる食の作法が神社によって伝えられてきました。その作法は今も、姿を変えながらも各神社に伝えられています。その直会の理念を生かして、宮廷では〝大饗(おおあえ)料理〟とか〝台盤(だいばん)料理〟と呼ばれる饗応料理の様式が整えられたのです。〝有職(ゆうそく)料理〟と呼ばれる貴族の宴会料理ですね。
また、各寺院が守り伝える〝精進料理〟や武家の饗応である〝本膳料理〟そして精進料理の理念を茶の湯に生かし、一汁三菜を旨とする〝懐石料理〟など、それぞれの食文化がその理念に従って体系的に整えられてきた料理とその作法があり、連綿と受け継がれています。そして町方の庶民は、それらの伝統的な料理や作法に学びながらも自分達の身の丈に合うよう、知恵と工夫を凝らして見事に仕立て直したのが日々のおかず。今、〝おばんざい〟とも呼ばれている日常食。これらのすべての料理の総称が京料理と呼ばれているのです」。
京料理には、ジャンルの異なる食の伝統とその様式があるのだと、田村氏は語ります。
京料理の五つの系譜
では、それぞれの料理とはどんなものなのでしょうか?
「宮廷に伝わる〝大饗料理〟は〝台盤料理〟とも呼ばれるように、台盤、つまり大テーブルに肉や魚、唐果物と呼ばれる唐の菓子などを全部盛ったものらしいです。また、調味料などはほとんどない時代で、各自が塩や酢で味つけして食べていたそうですよ。
武家が台頭する鎌倉時代から幕府が京都に移った室町時代になると、武家の礼法に基づいて〝式三献〟と呼ばれる酒礼と食の礼法が確立して、十五品もの料理が出るほど豪華な膳になっていったといいます。これが〝七五三料理〟と呼ばれる武家の正餐「本膳料理」ですね。諸説ありますが、一の膳に七種、二の膳に五種、三の膳に三種の菜(料理)を出したので、七五三というわけです。また、酒に対する菜(料理)という意味で、〝献立〟という言葉も本膳料理から生まれたというのも頷けますね。ちなみに、〝式三献〟は、結婚式の三三九度に、本膳料理は冠婚葬祭など儀礼的な宴会〝会席料理〟に簡略化されながらもその面影を残しています。現在、私ども萬重ほか、ほとんどの料理屋で供する料理のコースは会席料理のジャンルです。
寺院が継承する精進料理は、精進、つまり肉や魚などの生臭を謹んだ野菜中心の料理で、今でも精進料理だけを扱う仕出屋さんも京都には残っていて、寺の遠忌など何百人もの法事用の膳を賄っています。これも京都ならではの伝統といえますね。
その仏教の教え、特に禅の思想と作法を元に千利休などの茶人が工夫して確立したのが茶会で供される〝懐石料理〟。安土桃山時代のことですね。これは一汁三菜が基本ですから会席料理とは別のジャンル。
また、海から遠い京都は若狭、伊勢、淡路など、御食国(みけつくに)と呼ばれる地域から上がった〝一塩物〟の魚を使うか、塩干物しか手に入らなかったわけですが、川はあるので川魚料理屋がたくさんあり、〝川魚料理〟も京料理の系譜です」と田村氏。
これら各界の食の伝統と作法が京の町方にも浸潤し、季節の旬や歳時を尊びながらもそれぞれの家の暮らしぶりに適った料理にアレンジしたのが〝おぞよ〟とか〝おまわり〟そして近年は〝おばんざい〟と呼ばれる家庭料理です。最も安価な旬の野菜や川魚、塩干物を使ってお金はかけず、手間暇をかけることで、おいしい一品に仕立てるという、日々のおかずです。
画像協力:京の食文化ミュージアム・あじわい館
京料理のおいしさと魅力
「神社仏閣の多い京都には、木でも水でも自然のどこにでも神が坐(い)ますという神道の思想や、山川草木一切のものに命があり、仏性が宿ると信じる仏教の教えが何となく浸透していますね。お祭りや行歳時の多さがその理由かもしれませんが、暮らしの中に残っている。さらに、茶や花、能などの家元も多く、それらの家に伝わる作法も町方に影響を及ぼしてきました。その上、京都は高度な技と美意識を伝承する工芸の町ですから、質の高い器やしつらえなどの美意識が庶民の生活文化として当たり前に残っています。ジャンルを問わず京料理のおいしさの秘密、あるいは魅力は、それぞれの世界の奥深い伝統と食の系統が有機的に絡み合って、味わいにコクと深みを感じさせてくれるからではないでしょうか」。
季節の巡りに感謝し、器を愛で、座敷や庭のしつらえを観賞し、香りや盛り付けの美しさなどを五感で味わうことで、ただ、口においしいだけでなく、知的な悦びや楽しさが感じられるのが京料理の魅力だと、田村氏は語ってくださいました。


農家や市場は京料理の影の立役者
〝旬を尊ぶ〟という意味で忘れてはならないのが素材を作る人とその供給者。つまり、農家と市場の存在です。
「京都人は、季節感や行祭事を料理にも細やかに表現しますね。洛外と呼ばれた京都の近郊農家の努力と工夫のお陰でおいしく、栄養価の高い野菜が採れる京都は、明治以前からつながる鹿ケ谷南瓜や聖護院蕪など〝京野菜〟と呼ばれる野菜をはじめ、品種改良によって明治以降に栽培されるようになった万願寺唐辛子など京野菜に準ずる野菜などおいしい野菜が豊富で、野菜が主役となる料理が多いのですが、そんな旬の野菜をはじめ、魚、干物などを安定的に供給してくれる市場の存在を軽んじてはいけないと思っています。私事ですが、萬重創業者である祖父・田村重二郎が唯一遊びに連れて行ってくれたのが京都市中央市場でした。幼い私はそこで仲買人さんから魚や野菜の目利き、買い物の仕方、旬の素材や料理の仕方などを自然に学び、私にとって市場は、食のことならすぐに何でも聞ける身近な専門家集団だったのです。昨今、各地の市場の存在意義が問われていますが、食庫たる市場は〝食に関する知識の宝庫〟でもあり、食の安全、安心を守り、食文化の一翼を担ってくれる重要な機関だと思っています。
錦、魚の棚、椹木町(さわらぎちょう)など京都には古くから6つの市場があり、それを90年前に統合し、京料理の影の立役者として支えているのが京都市中央市場なのです。
そのほか、上賀茂や鷹峯、山科あたりの農家から直接野菜を売りに来る〝振売(ふりうり)〟と呼ばれる農家の主婦たちも、それぞれの家や料理屋の好みや傾向をよく知っていて、欲しい食材を安定して、しかも安価に供給してくれるので、町方の主婦をはじめ、うちのような料理屋でも強い味方です。
歳時記が育てた料理の精神性
神社仏閣が多い京都の家々は、神社とは氏子として、寺院とは、檀家としてのつながりをもち、その暮らしも神社仏閣の行祭事に合わせて展開します。
「日常の家庭料理まで、宮廷行事や神社の祭祀、寺院の法会などと絡んでいるのです。たとえば平安時代に行われた1月7日の人日(じんじつ)の日の「子(ね)の日の遊び」は七草粥に、海などの水辺で禊ぎをした後、貝を拾って食した3月3日の「上巳の節句」は雛祭りのごちそうの定番である蛤(はまぐり)のお吸物や赤貝のてっぱいなどの貝料理につながれるなど。さらに暦からは〝彼岸の餅〟や〝冬至の南瓜〟、十二支からは〝巳寿司〟〝寅蒟蒻(とらこんにゃく)〟〝卯豆腐〟などと献立を決め、信仰心や自然への畏敬、そして京都の歴史と伝統への関心を促しながら家族が食卓を囲み、食を通して子どもたちも豊かな情緒を育んできたのです」と語る田村氏は、家庭の食卓からこそ、京料理のおいしさと魅力を子どもたちに伝え、次代につないでほしいと願っているのかもしれません。
<京の食文化>
「京の食文化ミュージアム・あじわい館」のウェブサイトでは、京都の食文化や食材について詳しく解説しています。京の食文化を知りたい方は、ぜひご覧ください。
京の食文化ミュージアムあじわい館:https://www.kyo-ajiwaikan.com/shokubunka
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この記事を書いた人:株式会社グラフィック 京都いいとこマップ編集部
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