万端整えたしつらいも、所作や言葉も控えめに。もてなしは、過不足なく温かく。

 江戸時代の元禄年間(1688-1704)、南禅寺参道の茶屋として創業した「瓢亭(ひょうてい)」は、京都きっての老舗料亭。道に面して据えられた床几、壁に掛かる草鞋(わらじ)や旅用の菅笠(すががさ)が往時の面影を伝え、その侘びた佇まいから長い歴史と同店が大切に守る〝もてなしの心〟が伝わってきます。谷崎潤一郎はじめ、数多(あまた)の文豪や文人に愛された瓢亭は、料理の味もさることながら、そのもてなしの心地よさと質の高さにも定評があります。14代当主夫人の女将・髙橋容子氏に客への気遣いや所作振る舞いなど、もてなしの心についてお話を伺いました。

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老舗料亭「瓢亭」


客迎えの準備からもてなしは始まっています

 世界にその名を馳せる一流の老舗料亭「瓢亭」の表構えはいたって質素。木の薄板を幾重にも重ねた杮葺(こけらぶき)の低い屋根の軒先に〝瓢亭〟と染め抜かれた小さな旗が吊り下げられ、それが看板代わり。豪華な衝立(ついたて)や花を満載に飾ったような玄関はなく、華奢な木戸から苔蒸す庭を通って客室となる棟に案内されます。疏水を引き込んだせせらぎが庭を縫うように流れ、のどかに鯉が泳ぐ茶庭に〝くずや〟〝探水亭〟〝新席〟〝広間〟の4棟の数寄屋が点在するつくりになっています。

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 「料理を運ぶのにも、行ったり来たりと大変ですが、知らないお客様同士がお気遣いされることなく、ゆっくりお寛ぎいただけるように、昔からこういう風にやっております」と、女将はさりげなく語りますが、文豪・谷崎潤一郎の『細雪』にも登場する瓢亭は、谷崎氏の見識と美学によってさらに深みを備えて他の料亭とは趣きの異なる独特の風格をたたえています。その大きな要素が各座敷に隣接した庭の景色と自然の気配。

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「天井も低いし、こんな古い小間ですけど、庭の樫の木からドングリが屋根に落ちてきて、コロコロコロと音がしますやろ? そんな何気ない自然の音をお客さんは大変喜ばはります。自然の気配を間近に感じながら、ゆったりとした時間をお過ごしいただく。これがうち(瓢亭)の〝もてなし〟というてもええと思います。もちろん、お料理も、料理を盛る器にも心を配りますが、せせらぎの音、葉擦れの音、鯉が跳ねた音やら時折聞こえる鳥のさえずりなど、食事をしながらこの庭で自然の気配を感じてもらえるのが、何よりのご馳走やと思てます」。

 女将が語るように、庭と隣接した別棟ごとの客室も、瓢亭ならではのおもてなし。空間を独り占めした安心感もあり、深い寛ぎを体感させてくれます。

出過ぎず、語り過ぎず、過不足なく

 各座敷の床(とこ)には季節にあった軸と花が静かに客を迎えます。さりげなく掛けられている軸は、高僧や茶の家元の筆であったり、名だたる文豪の書であったり・・・。ひっそりした花もまた、当主・髙橋英一氏が丹精こめて育て、客室ごとに自ら生けたもの。
 「お軸や花など床のしつらえも、当日の会食のご趣旨やら季節と照らし合わせて、準備しております。花は、花好きの主人が楽しんで生けております。」と、淡々と話す女将ですが、当主・髙橋英一氏は椿だけでも100種ほども育て、茶花教室の講師を務めたりしています。それらの、いわば瓢亭の宝ともいえる美術品や花のことなども、お客様の興味と器量によって〝お楽しみください〟といったスタンスで、あくまでもお客様が主体です。
「ご興味をもっていただき、お尋ねがあれば説明もします。」と女将はいいます。

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床に飾られた花と掛け軸

 ちなみにこの日、広間にも案内され、ふと床の間を見ると双幅の水墨画が掛けられていました。そのひょうきんな表情から「もしや?」と思い、「えっ!」と声を発すると「若冲です」とさらりと女将。伊藤若冲の『寒山拾得図』でした。

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伊藤若冲の『寒山拾得図』

 庭の掃除や手入れ、客室の掃除、軸や花などしつらいの準備は、いわばお客様との直接の接遇ではないものの、これから迎える客へ心を寄せながら、温かく迎えるための陰のおもてなし。もてなしの前奏曲でもあるのです。

〝もてなされ上手〟は、客側のもてなしの心

 ところで、〝もてなし〟という言葉の語原は〝持って成す〟だそうです。持って成すものとは、料理屋ならばその最たるものが美味しい料理であることはもちろんですが、料理を盛る器や庭や部屋のしつらいなどを前もって整えることも大切な仕事。その大切さはプロだけでなく一般家庭も同じで、これから迎える人に心を寄せながら準備をするところから、すでにおもてなしは始まっているのです。
 江戸時代からの伝統をつなぐ瓢亭では、鉢やお膳など代々大切に使われてきた古い時代のものが多く、それらの器はまさしく料理の着物。いっそう料理の味を引き立て、見る人の心を和ませます。
 「樂さん(吉左右衛門)の鉢や永楽さんの皿などの古い器は、扱い慣れた人に洗ってもらっています」とのこと。
料理だけではなく、器や花入、軸などを心静かに鑑賞すれば、瓢亭の心入れのもてなしを感じることができます。
 客が〝もてなされ上手〟であることは、客側のもてなしの心ではないでしょうか。こうして主客の心が通ってこそ、気持ちのよいひとときが過ごせるというわけです。  

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臨機応変の対応と心配りがおもてなし

 そのほかにも、所作振る舞いや言葉遣いといった人の行為や態度もまた重要なもてなしの要素。客への心配りや接客について女将にお尋ねすると、「挨拶の仕方や所作振る舞いは、最低限度は教えます。座敷に入る時は躙(にじ)って入るとか、座敷では立ったまま話をしてはいけないとか、お正客(しょうきゃく/最上位に座る客)から膳を運べとか。数人のお客さんの場合、どのお方が正客かを先ずは見極めんなりませんが(見極めないといけませんが)、これはお客さん同士の動きで大体分かります。分からない場合は、『どちらからお出ししたらよろしいですか?』とお尋ねしなさいと。お若い方はそんなことは一向に気に留めておられませんので、そんな時はその場の雰囲気を壊さんように対応するようにと。大事なことは、その場で臨機応変の対応ができること。一人ひとり違うお客さんを一回一回違う状況で接遇する私らの仕事は、マニュアルで決めた通りにいきませんので、お給仕役に問われる能力は、臨機応変の対応力と心遣いです。私もまだまだ勉強中です」と女将はきっぱりといいます。
 お決まりの挨拶や所作ではなく、蓄積した見識や品格、そして何より人への温かい心など、人格そのもので客に寄り添い、心を配るのが〝おもてなし〟の神髄なのかもしれません。

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瓢亭 女将・髙橋容子氏

<京の食文化>
「京の食文化ミュージアム・あじわい館」のウェブサイトでは、京都の食文化や食材について詳しく解説しています。京の食文化を知りたい方は、ぜひご覧ください。
京の食文化ミュージアムあじわい館:https://www.kyo-ajiwaikan.com/shokubunka

この記事を書いた人:株式会社グラフィック 京都いいとこマップ編集部

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