京都市が推進する京都観光モラル事業。これに賛同し「持続可能な京都観光を推進する優良事業者」に選ばれたなかから、さまざまな取り組みを紹介します。
今回ご紹介するのは“日本料理の革命児”と呼ばれ、和食の新たな魅力を発信し続ける木乃婦(きのぶ)の三代目当主・髙橋拓児さん。料理だけでなく、コロナ禍での挑戦や人材育成など、アイデアに富んだ数々の取り組みが人々を惹きつけています。
“進取の気性”で食文化や時代に合わせた京料理を
戦前の昭和10年(1935)、十畳ほどの仕出し屋からスタートしたという京料理 木乃婦は、今年(2024年)で創業89年。「200年、300年という老舗が多い京都ではまだほんの新参者ですので、それを生かして新しいことにも挑戦してきました」と髙橋さんは言います。
先代で父の信昭さんは戦後活況だった呉服業界を得意先とし、200人を収容できる大型料亭にまで事業を発展させました。建物の二階に庭の見える座敷を造ったり、堀りごたつ式の個室を京料理の店に取り入れた先駆者でもあります。そして三代目である髙橋さんは、日本料理とワインの組み合わせをいち早く広めたパイオニアとして知られる料理人です。
いまではほとんどの日本料理店でワインを置くようになりましたが、髙橋さんが始めた30年前は「ワインは酸味が強すぎて和食に合わない」と拒絶する声も多くありました。
しかし髙橋さんは「合わないのはそのための技術がないから。合うように新しく工夫すればいい」とソムリエの資格を取ってワインを研究。トライ&エラーを幾度も繰り返しながら創り出した味は、多くの人が認めるところとなりました。
中国料理の食材として知られるフカヒレも、主な産地が日本の気仙沼であるならば日本料理にも合わせられるはず、と試行錯誤してフカヒレと胡麻豆腐の鍋を考案。いまでは同店の名物料理の一つになっており、進化し続ける味が訪れる人々を魅了しています。
フレンチシェフとの交流で学んだこと。和食の魅力を京都から世界へ
ワインの研究に挑戦していた同じころ、髙橋さんがもう一つ始めたのは若手日本料理人が集まってフレンチの三ツ星シェフと交流することでした。「国際交流と言えば聞こえはいいのですが、要はどちらの技術レベルが高いか挑戦してやろう!と思ったのがきっかけです。」
その結果、包丁さばきや煮炊きは日本料理が優れていると実感できたものの、「焼き」の技術については手法のバリエーションの豊富さや扱う食材の多さでフレンチに軍配を上げざるを得ませんでした。このことに奮起した髙橋さんは渡仏してボルドーやニースなどの各地を一カ月かけて回り、研究を重ねます。「水の日本、油のフランス」といわれるそれぞれの特性を知り、さらに料理の幅を広げていきました。
一方、京料理の重鎮と呼ばれる人々が手を結び、食育と国際交流を目的として2007年に京都で設立した「日本料理アカデミー」にも当初から参加し、実働部隊として奔走してきた一人でもあります。これらの取り組みが実を結び、2013年には「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録され、世界に大きく広める契機となりました。「和食とは何かをしっかり定義し、海外の人に美味しいと感じてもらうためにはどうすればいいのかを学ぶ場ができたことで、今日のインバウンド需要を支える下地ができたのではないでしょうか」と髙橋さんは振り返ります。
コロナ禍もチャンスに。昔ながらの京料理の慣習は実はSDGs?
日本料理アカデミーはもちろん、京都料理芽生会の活動のほか、各種プロジェクトやシンポジウムなどにも携わってきた髙橋さん。地域内外に京文化や食についての情報発信や商品の提供を行っており、京都府・京都市が運営するキャンペーンなどにも積極的に参加し、各種クーポンの利用可能店として登録しています。
飲食業界が大打撃を受けたコロナ禍においては、これをチャンスと捉え、空いた時間を使って厨房の全面改装に踏み切りました。
土間や配管はこれまでも衛生管理を徹底してきましたが、さらに高度な衛生環境を構築するために、ウェットエリアとドライエリアをつくったほか、配管ダクトを全面的に造り変え、吸排気効率を高めました。サービス面でもお客様の入店時にほかのお客様との接触を避けることを徹底し、一人あたり二畳分の空間を守って座敷も最高8名までのルールをつくりました。
また、芽生会の有志が集まって発足させた認証制度準備委員会では、専門家の監修のもと2021年に100項目におよぶ独自認証基準「飲食店の最高安全基準 CCNN(Chef's Criteria of New Normal)」の制定に携わりました。これは飲食店の衛生レベルの底上げと基礎知識の向上を図るもので、飲食店での衛生管理全般が一括で行えるWebシステムを構築。同店でも基準をクリアしているのはもちろん、「次にまた別の危機が訪れた際にもこうした仕組みづくりができていることで、対策をすぐに立てることができるはずです」と髙橋さんはさらに将来を見据えます。
SDGsへの取り組みとしては、完全予約制で食材廃棄量を最小限に抑えているほか、仕出しでは使い捨て容器を使わない配慮などを行ってきました。「ただしこれは京料理の店なら昔からやっていた当たり前のこと。うちも創業当時から変わらず続けているだけです」とのこと。SDGsは京都の昔ながらの暮らしや文化にもともとあった精神に通じているといいます。
https://plus.kyoto.travel/entry/kinobu2
https://www.moral.kyokanko.or.jp/case
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記事を書いた人:上田 ふみこ
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ライター・プランナー。京都を中心に、取材・執筆、企画・編集、PRなどを手掛け、まちをかけずりまわって30年。まちかどの語り部の方々からうかがう生きた歴史を、なんとか残せないかと日々奮闘中。