京都市が推進する京都観光モラル事業。これに賛同し「持続可能な京都観光を推進する優良事業者」に選ばれたなかからさまざまな取り組みを紹介します。
今回ご紹介するのは“日本料理の革命児”と呼ばれ、和食の新たな魅力を発信し続ける木乃婦の三代目当主・髙橋拓児さん。料理だけでなく、コロナ禍での挑戦や人材育成など、アイデアと試みに富んだ数々の提案で人々を惹きつけています。
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【京都観光のいま】 和食の魅力を京都から世界へ。食文化や時代に合わせた京料理を~京料理 木乃婦~【前編】 - 京都観光Naviぷらす
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人材育成を視野に、社内ベンチャーで生み出す新しいサービス
京料理を家業とするなかで、質の高い味やサービスを継続して提供していくためには人を育てることは不可欠です。木乃婦では料理の技術を高めるために、新人のころから段階を踏んで教育を進めています。造りから煮物、油物へと難易度にあわせて担当を移っていく手法は、昔ながらの京料理の育成システムでもありますが、それに加えて髙橋さんは20年前から明確な育成プログラムをつくり、成長のようすをチェックできるように教育係を付けて必要なサポートをその都度行える仕組みを設けてきました。
「実力主義の終身雇用というのがうちの人材育成方針です。たくさんの職人が育ってくれているおかげで、たくさんのお客様への対応や新しいことにもすぐ取り組める体制ができています。ただ、さすがに副料理長が7人もいるのは珍しいかもしれませんね」と笑います。
また、新しいものへ挑戦するスピリットを社員のなかで醸成していくために、「社内ベンチャー」の仕組みを立ち上げています。これは社員がやってみたいと思う事業に対し、独立採算式の事業部を設けるというもので、現在では総菜やローストビーフなどの事業が社員によってそれぞれ運営されています。利益はボーナスというかたちで得られるよう制度を整え、技術力とモチベーションの向上につながっているそうです。
コロナ禍で行った厨房の全面改装も、実はこの社内ベンチャーを視野に入れて計画されたもので、料理店の厨房としてだけでなく、食品加工・販売向けのファクトリーとして機能するよう、国際的な衛生管理手法「HACCP(ハサップ)」に対応する衛生レベルを確保しています。
地域貢献と、地域から学ぶこと。味とその背景にある文化を伝えるために
さまざまな振興策への参加や講演活動を通じて地域貢献を行っていることに加え、古くから関わってきたのが祇園祭です。木乃婦が店を構える地域は、祇園祭の山鉾の一つ「岩戸山(いわとやま)」の町内で、髙橋さん自身も山鉾巡行に参加しているほか、父・信昭さんは保存会会長を、息子さんは囃子方を務め、代々深く祭に携わってきました。
ひと月にわたって続く祭の期間中には、岩戸山保存会への弁当の提供や会場の貸し出し、祭事の手伝いなどをスタッフが行うのも伝統の一つになっています。
髙橋さんはこれを単なる地域貢献ではなく、勉強のための絶好の機会だと考えています。山鉾の懸装品やさまざまな伝承、風習などはまさに本物の京文化であり、それに直接触れることができるのは、京料理を学ぶ職人にとってまたとないチャンスといえます。
また、新しい情報や刺激が職人たちに行き届くよう社内のコミュニケーションを促進しているほか、技術継承と京料理の裾野を広げるために大学などでも教鞭をとっています。定期的なインターンシップの受け入れも実施し、料理を学びたい、この世界で挑戦したいという若者に門戸を開いてきました。
訪れるたび、深みを増す京都の魅力と、それを支えるものづくり
自身もさまざまな料理との出会いを求めて各地へ旅行することが多いという髙橋さんですが、京都を観光する際により楽しむためのコツを尋ねたところ「同じ店、同じ場所に何度か訪れてみるのがおすすめ」という答えが返ってきました。異なる季節、異なる時間に同じ場所を訪れてみると違う表情が楽しめるということに加え、「京都人は何度も足を運んでくださる人に“認めてもらえた”と喜びを感じるんです」と職人としての顔をのぞかせます。迎える側の喜びが良い交流を生み、京の奥深さを知るきっかけになる、というのが髙橋さんの言う「反覆する旅の楽しみ」なのだとか。
新しい味や新しい価値を次々に生み出してきた髙橋さんではありますが、「目新しいものや奇抜なアイデアだけでは二度目には色褪せます。京都はそういったものづくりをしていないまちです。私も新しいことをやっているように見えるかもしれませんが、反覆に耐えるものを追求してきたつもりです。京都のまちも、京料理も、何度も訪れて、何度も味わっていただき、より深い魅力を知ってもらえれば」。
髙橋さんの言葉をヒントに旅の計画を練ってみるのはいかがでしょうか。
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記事を書いた人:上田 ふみこ
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ライター・プランナー。京都を中心に、取材・執筆、企画・編集、PRなどを手掛け、まちをかけずりまわって30年。まちかどの語り部の方々からうかがう生きた歴史を、なんとか残せないかと日々奮闘中。