口には美味、体には寛ぎと喜び。そして自然に優しさを届けられる料理でありたい。

 京都の古刹・銀閣寺への参道に、侘びた佇まいながら最も予約が取りにくい店として全国的に知られる「草喰なかひがし」があります。〝草喰(そうじき)〟、つまり草を喰(は)むと看板に掲げることからも伝わるように、野や山の摘み草を料理して提供する小さな料理店です。地元の人や観光客だけでなく、日本全国、海外からも有名な料理人やシェフたちが訪れ、その質素な摘み草料理を堪能し、主・中東久雄氏の料理哲学に共感するのだとか。〝草喰〟にこめられた自然への優しさや農家と料理人の関係など、中東氏の料理への想いを語っていただきました。  

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畑を訪れる中東氏

 先ずは野菜や肉など、食材のことを知ってほしい

 「私といっしょに大原に来て、農家の人や大原の空気に触れてください。料理のお話はそれからにしましょう」。
 料理の話をする前に、先ずは山や畑のことを知ってほしいという中東氏の提案を受けて、ある冬の日の早朝、京都市の北東部に位置する左京区大原にある「里の駅大原」で中東氏と落ち合って契約農家の鶏舎や葱畑を案内していただくことになりました。
 大原は京都市とはいえ、四方を低い山で囲まれた比叡山麓の盆地。三千院、寂光院など名刹が点在する美しい里山で、紫蘇をはじめ、多彩な農産物の生産地でもあります。「里の駅大原」は、地元や近郊農家が作った野菜や果物、餅や菓子など加工品を販売する地元の市場で、日曜日に立つ朝市は新鮮でおいしい野菜を求めて、遠方からも買い物客も訪れるほど人気の市です。

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大原の里山風景

 「ここの鶏舎は〝草喰なかひがしチキンハウス〟です。100羽ほどの鶏がいますが、私がヒナから買って、ここの農家に飼育してもらっています。毎朝ここで必要な分だけ締めて店で料理します。料理人が自ら締めるので自ずと否が応でも〝命〟のありがたさに気付きます。そのありがたさは大根や葱などの植物でも同じです。ほかほかとした地面から引っこ抜く時は、母親の乳を吸っている赤子を無理矢理、母親から引き離すような、申し訳なさを感じます。そして、『ちゃんと成仏できるよう、無駄なく食べさせてもらうよ』と、祈りにも似た気持ちで命をいただくのです」と氏は語ります。
 これから伺うべき話のテーマが凝縮されたような氏の重い言葉です。
 〝草を喰(は)む〟と看板に掲げる「草喰なかひがし」の料理への理念は、食べられるものは食べ尽くすことに尽きます。未熟でも不出来でも、せっかく生まれた命を食べ切ってしまえるように料理するのが自分の仕事だというのです。
 「この店を開店するにあたり、野菜を提供してくれる農家さんを探すため、最初に訪れたのが大原の里でした。そこで、ある高齢のお百姓さんから『恰好の悪いもんや未熟なもんでも、それを料理でおいしくするのがあんたらの仕事やろ。太陽と水という自然の力で種が育てられて、それぞれの命になっていく。わしら百姓は野菜を育てているのではないのや。土を育てているんや。命が育つ環境を管理しているだけなんや』といわれた。〝草さえも喰らう〟という、料理人としての道をそのおじいさんが指し示してくれたと思っています」と。
 その初心は今も変わることなく、氏は毎朝、大原に赴きます。里の畑や鶏舎を回って、山や田や畑の季節を感じながらその日の食材を求めるのです。そして、それらの命を生かすよう、おいしく、美しく調理した料理をお客さまに提供するのです。この日、氏が仕入れた食材は、鶏1羽と契約農家の葱。鶏鍋の材料です。氏は根太い葱を畑の土から引き抜き、
 「根が赤いでしょ、これが根赤葱。このご夫婦が育てた葱です」と、黙々と土に向かって働く坂田ご夫婦を紹介してくれます。畝から葱を抜いたその手で愛おしそうに土を掛けて撫でる85歳と83歳のご夫婦の、その営みの美しさもまた大原の里の美しい風景。文字通り野菜を「撫育(ぶいく)する」姿です。

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葱を抜く中東氏

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契約農家の坂田ご夫妻 と 鶏舎

自然の命をていねいに摘み取り、感謝していただく

 中東氏が育ったのは大原よりさらに山深い美山という山里。実家は峰定寺というお寺の、信者のための宿坊でした。
 「その宿坊は両親と兄など家族で切り回していたのです。大した材料もない地でしたので、食事は主に山菜や川魚など近場で採れるものをお出ししていたので、子どもの頃から野山に入って山菜を摘んだり魚を捕ったりして家業を手伝っていました。そのせいか、食べてはいけないものと食べられるものは本能的に見分けられます。現代人は味覚や嗅覚などの感覚を駆使せず、ラベルに印刷された消費期限だけを見て、まだ食べられる食品でも惜しげもなく捨てるのはあまりにも食材に申し訳ない」と語ります。
 その宿坊は後に、兄である中東吉次氏が数寄屋大工の名工・中村外二棟梁に依頼して数寄屋造に改装され、料理やもてなしもお茶事風に洗練させて〝摘み草料理〟と銘打って〝料理旅館美山荘〟として大きくイメージを変えて再出発したのです。以来、白洲正子や立原正秋、司馬遼太郎など文化人たちのとっておきの隠れ家-棲場(すいば)-的な存在になっていったそうです。
 「高校卒業してすぐの時だったかな、立原正秋先生がふらりとお越しになったのですが、兄はあいにく留守。私1人で一生懸命料理を作ったことがありました。食後、立原先生に呼ばれてお部屋に伺うと、『今日のお料理は君が1人で作ったの? とてもおいしかったよ』と褒めてもらい、ご褒美に1万円もいただいた。当時の1万円、しかも高校を出たばかりの子どもには大金で飛び上がるくらい嬉しかった。そのお褒めの言葉も料理人になろうと志した私の背を力強く押してくださった」と若き日を振り返ります。

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草喰なかひがし

お米の味を生かすための〝おくどさん〟と〝土鍋〟

 こうして、〝自然の命を生かし切る〟ことを料理哲学とし、平成九年、「草喰なかひがし」を開店。今出川通と白川通の交差点を東に進む道は〝銀閣寺道〟とばれる哲学の道へのアプローチで、疏水縁の桜並木は、日本画家の橋本関雪が、作品の画が売れる度にお礼の気持ちで植えていったと伝わる染井吉野で、京都の人々から親しみをこめて関雪桜と呼ばれています。春には爛漫の桜花が町を彩り、観光客が溢れる道で、「草喰なかひがし」はその銀閣寺道の仕舞屋(しもたや)に暖簾(のれん)を掲げただけのいたって目立たない店構え。仕舞屋とは、商売をする町家ではなく、住宅専用の町家で、道に面した窓に格子戸を嵌め、町家の格子戸のイメージを残しているのが特徴。〝商いを仕舞った(終わった)〟という意で仕舞屋と呼ばれる小ぶりの町家です。
 「予約してくださったお客さまも、まさかこんな小さな店と思わず、通り過ぎてから戻ってきはります」と中東氏は笑います。
 〝中〟と大書された暖簾を潜ると、店内の1階はカウンターのみの13席。カウンターの内側に紅殻で塗り固めた〝おくどさん〟こと竈(かまど)がこの店の主の風情で鎮座しています。
 「このおくどさんは、27年前、東北の水害でお米が穫れなくなった時があったでしょ。輸入米しか食べられなかった時に、信楽の陶芸家・中川一志郎(いちしろう)さんという方が『ご飯をおいしく食べる土鍋を作ったから』と土鍋で炊いたご飯を食べさせてくださったことがあったのです。そのおいしさに感激し、一瞬にしてこの店の情景が浮かんだ。そして、ご飯と目刺しをうちの店の一番のごちそうにしようと決めた」のだとか。現在、お店で使用している土鍋も、もちろん中川一志郎さんの作品とのことです。

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竈(かまど)と土鍋

 2階は、襖で仕切られた座敷が2部屋あるだけのこぢんまりとしたその店で、
 「山や畑や田の掃除をするように、野の草でも実でも丁寧に摘み取って、滋味(じみ)を生かして丁寧に料理しようと。だからうちは、ソウジキ(掃除機)なんです」と、悪戯っ子のように笑う中東氏。その味と氏の理念に共感する人々が日本と世界にも広がって、京都きっての人気料理店となったのです。
 大原をはじめ、近郊農家が育てる優れた野菜が京料理のおいしさを支えているといっても過言ではなく、今ではそれら京野菜はブランドにもなっているほど。野菜をはじめ肉や魚などの食材を扱う料理人もまた、食の伝統だけでなく、器やしつらいなど工芸や芸術の伝統も受け継いで技と美意識を磨いてきた優れた料理人が多く、それらの料理人たちが切磋琢磨することで、今も京都の食文化は育まれ続けているのです。

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<京の食文化>
「京の食文化ミュージアム・あじわい館」のウェブサイトでは、京都の食文化や食材について詳しく解説しています。京の食文化を知りたい方は、ぜひご覧ください。
京の食文化ミュージアムあじわい館:https://www.kyo-ajiwaikan.com/shokubunka

<京都市公式サイト「KYOTO Vege Style」>
ウィズコロナ社会における新しい生活スタイルが広がる中、自動販売機や宅配等により旬の地元農産物の購入が可能な直売所をはじめ、大学等と連携して開発した新京野菜のレシピなどの情報を発信します。
KYOTO Vege Style:https://kyotovegestyle.city.kyoto.lg.jp/

この記事を書いた人:株式会社グラフィック 京都いいとこマップ編集部

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