京都市が推進する京都観光モラル事業。なかでも「持続可能な京都観光を推進する優良事業者」として表彰された下京区の「都和(とわ)旅館」は、京都を訪れる人だけでなく、若い人々や地元の方にも和の文化を伝えるために、旅館に何ができるかを追求し、さまざまなサービスを提案しています。
茶室やバリアフリー設備を新設し、リニューアル
京都駅から歩いて7分ほど、昔ながらの町家が立ち並ぶ通りから一歩入ると、奥へ誘うように竹塀に囲まれた細い露地が続きます。
「もともと正面玄関は車通りに面していたのですが、あえて閉じ、別邸専用だった露地をみなさまに通っていただけるよう改めました」
そう話してくれたのは「都和旅館」の女将・太田佳子さんです。
コロナ禍で客足が遠のき大打撃を受けるなか、これを事業見直しの機会ととらえ、かねてから構想していた「茶の湯」を軸としたもてなしを実践に移すことを決め、別邸内に茶室を新設しました。
「若い方や修学旅行の学生さんにもご利用いただいていますが、聞けばご自宅に和室がない方も多く、畳での立ち居振る舞いにとまどわれる様子もよくお見受けします。訪日外国人の方も多いなか、せっかく旅館にお泊りいただくのであれば、和の心を少しでもお伝えするのも私たちの役目ではないかと考えたんです。
茶の湯というと、敷居が高いとおもわれがちですが、和の心って実はお互いの心をおもいやるやわらかなものなので、ぜひ気構えずに触れてもらいたいなと思ってます」
と太田さん。
美術や工芸、建築、歴史など日本文化が凝縮された茶の湯はまさに最適で、お茶の世界の根底にある主客のもてなしを旅行客へのサービスに生かそうと考えました。
また、訪れる人にとってうれしいのは、リニューアルを機にバリアフリーの設備も充実させたこと。かねてから予約時のファクシミリ対応や筆談など「京都ユニバーサル観光ナビ」の認定事業所として取り組んできましたが、さらに一歩踏み込み、光の点滅でスタッフの訪問などを知らせる聴覚障害者に対応した客室を4室設置し、バリアフリートイレも設けました。観光庁が創設した「心のバリアフリー」認定施設にもなっています。
ホテルでは一般的になってきたバリアフリー対応ではありますが、旅館ではまだまだ広まっておらず、「障害のある方や高齢の方にもご不自由をおかけすることなく旅館ならではの良さを楽しんでいただきたい」と改装に踏み切りました。
旅館として何ができるかを追求するなかで、以前の宿名「なごみ宿 都和」を改め、「旅館」の文字をその名に戻したといいます。
本願寺のお膝元ならでは。精進料理から着想した「ビーガン料理」
京都駅に近い至便な地にあり、京都水族館や京都鉄道博物館、源氏物語をテーマにした風俗博物館などを訪れるのにも便利な同館。創業から50年あまりにわたり、多くの観光客を迎えるなかで、昔ながらの旅館のスタイルを時代にあわせて少しずつ変えてきました。
本館とは別に、近隣の町家を改装して一棟貸しするなど、ほかに先駆けた取り組みも積極的に行い、今回のリニューアルではその別邸町家に茶室をしつらえました。茶室の前に掲げられている「静佳庵」の扁額は裏千家家元・坐忘斎宗匠の揮毫(きごう)です。
太田さん自身が長年茶の湯に親しみ、稽古を続けてきたこともあり、コロナ禍でできた時間を利用して希望の従業員に茶道を学んでもらう機会を作りました。
「ただ、サービスに茶の湯を取り入れるには人の手もかかり、また茶会を開けば茶懐石など手間のかかる料理を別途用意することも必要になります。私の一存だけでやっても意味がなく、従業員や料理長から理解と協力が得られたのはとてもありがたいことでした」
と太田さんは振り返ります。
現在支配人を務める冨山さんも、自身が旅館好きということもあって同館へ転職し、そこからお茶の稽古を始めました。一対一のもてなしを重視する旅館では、稽古のなかで身に付けた所作や知識はもてなしの質を高めるのにとても役立つといいます。
また、コロナ禍では宿泊だけでなく、ディナーやランチなど食事のみの営業もスタートさせ、とくに同館の「ビーガン料理」は旅行サイトでも高評価を得ています。
「海外からのお客様のご要望にお応えしたものですが、そんなに大層に構えて始めたことではないんですよ」と笑顔を見せる太田さん。
東と西の本願寺に挟まれた地にあって、このあたりでは法事のあとに食べられる「お斎(とき)」や「精進料理」の文化が色濃く残っており、それに着想を得たものだとか。精進料理ほど身構えずに楽しめることからビーガンの人だけでなく京料理が初めてという若い人にも好評だといいます。
訪れる人の満足と、働く人のモチベーションアップを両輪に
今回のリニューアルに限らず、ほかにも「京都食べ残しゼロ推進店舗」への登録や、災害時帰宅支援・一時滞在施設への登録なども約10年前から始めており、地域の消費促進、活性化を目的に近隣のおすすめの飲食店や店舗などを紹介するマップも独自に作成して宿泊客に配布してきました。
こういった取り組みに積極的に参加するのは、顧客満足や地域貢献の一環というだけではなく、従業員のモチベーションアップにつながるというのが太田さんの考えです。
同館の社会的な取り組みやその姿勢に賛同し、「ここだから働きたい」という人が従業員のなかに増えれば、サービスの質は必然的に向上し、やがてそれが訪れる人に良質なもてなしとして還元されます。そういった好循環を生み出していくことこそ、太田さんがめざす京都観光のなかで旅館が果たす役割の一つなのかもしれません。
気軽に京料理を楽しめる食事プランや「舞妓さんと過ごす京舞と京料理の夕べ」などの宿泊プランなどがあるほか、今後は茶室を有効活用し、従業員の稽古はもちろん、茶道体験や茶室の貸し出し、茶会の主催のほか、月1回夕食後に釜を懸けて宿泊客をもてなす日を設けるなどの事業を計画しています。
「宿泊客だけでなく、地元京都の人や若い人たちにも広く開放していくことができれば」という言葉に、今後の取り組みが期待されます。
■リンク
◇【京都観光モラル】優良事例集
https://www.moral.kyokanko.or.jp/case
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記事を書いた人:上田 ふみこ
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ライター・プランナー。京都を中心に、取材・執筆、企画・編集、PRなどを手掛け、まちをかけずりまわって30年。まちかどの語り部の方々からうかがう生きた歴史を、なんとか残せないかと日々奮闘中。