紅柄(べんがら)に塗られた格子が連なり、軒を突き合うようにして家と家が向き合う路地は、京都ならではの風景の一つ。なかでも東山区の「あじき路地」は、若いアーティストや職人を20年にわたって応援し、文化や芸術の発信源となってきました。京都市が推進する京都観光モラル事業の「持続可能な京都観光を推進する優良事業者」にも選ばれ、多くの観光客が訪れるなか、この路地のこれまでの取り組みと新たなチャレンジについてご紹介します。
長屋の「おかあさん」が見守る職住一体の昔ながらの暮らし
路地と言えば一般的にはまちなかの狭い通路や裏道などを指しますが、とくに京都では袋小路になった行き止まりの通りを呼ぶことが多く、「ろぉじ」と発音します。
路地の歴史は平安京の建都の際、都の大路・小路を碁盤の目のように敷くよう都市が計画されたことに始まります。大通りに囲まれた区画は一つひとつが広く、人口が増えるにつれてなかにも多くの家や店が建てられるようになりました。その区画の中央部分へ入るためつくられたのが路地であり、人々が助け合いながら暮らす共有スペースとして都市ならではのコミュニティーが形成されていきました。
そんな京都の路地に建てられた築110余年の町家長屋を管理するのが安食(あじき)弘子さんです。2004年に実母から長屋を受け継いだ際、亡き夫とともに「単に人に貸して賃料をもらうだけではなく、アーティストや職人を生業とする若者の活動をサポートできないか」と考えました。弘子さん自身が結婚を機に彫金作家の夢をあきらめたこともあり、若者たちが創作に打ち込める活動拠点にできるよう、安く住まいを提供することに決めたといいます。以来、昔ながらの「職住一体」を入居条件とし、住まいだけ、あるいは店舗・工房だけ、宿泊のみといった受け入れは行わない決まりにしてきました。
弘子さんを「おかあさん」と慕う住人たちのなかからは、この路地で活躍の足掛かりをつかんで巣立っていった若者も多く、退去後も何かあればたびたび尋ね、弘子さんもそんな若者たちを自分の子どものように気にかけ合う関係が続いています。
長屋の管理や修繕などについては、弘子さんの一人息子である盛夫さんが長年サポートを行ってきました。2021年末に会社員をやめて、翌年の春から路地入口にある母屋で自家焙煎コーヒーの店を開き、店舗を営業しながら路地についての情報発信やイベントなど新しい取り組みに力を入れています。
路地から発信する生きた暮らしの景観と新たな試み
あじき路地に息づく生きた暮らしのある景観は国内外で注目を集め、これまでもJR東海のCMなどに起用されたほか、国や市などからのヒアリングに対しても積極的に協力し、景観保全や文化芸術の支援・発信について情報提供を行ってきました。
2021年からは近隣にあるホテル「ザ セレスティン京都祇園」と提携して宿泊客への路地見学ツアーを行っており、京都の路地文化に関する説明と案内はとくに海外からの観光客の間で好評を博しています。
路地の景観を観光資源として生かし、また後世に伝えていくために、建物の外観は柿渋入りの紅柄を使った自然塗装の出格子(でごうし)や漆喰壁など建築当時の姿を可能な限り守り、「手間も費用も掛かりますが、伝統工法で家屋を修繕するよう努めています」と盛夫さん。夜間照明も路地の景観保全を考慮し、外灯はすべて電球色の照明器具を設置して京都らしい路地の雰囲気を創出しています。
また、受け継いできたものを守るだけでなく、新たな整備にも着手し、土間コンクリートになっていた路地奥の空き地を植栽のある和風庭園として緑地化しました。紅白梅や杉苔、千両など在来種の樹木が植えられた庭は住民の憩いの場であるとともに、見学ツアーの観光客を迎えるスペースにもなっています。
住まう人、訪れる人のために、京の路地がいまできること
住人の創作や作品の販売、活動のPRをサポートするため、情報発信に取り組んでいる盛夫さんですが、一方であじき路地が知られるようになったが故にトラブルに遭遇することも増えつつあると言います。近隣の迷惑になるような時間帯の観光や大声で会話するなどのマナー違反に加え、無許可で撮影や有料イベントを開催する人なども出始め、「ここは単なる観光地ではなく、人々が実際に暮らす住空間でもあることを知ってもらわなければ、住民の迷惑になり本末転倒だ」と安食さん親子は考えました。そこで路地の入口に注意事項を掲げることとし、さらには景観を損ねず、また注目されやすいように「駒札」のかたちを取って訪れる人へ理解を求めるようにしました。
住む人、訪れる人の安全を守ることも考慮し、コロナ禍では長屋へ入居する店舗とも協力して消毒液を設置するなど感染防止対策認証店として取り組んだほか、近隣の花街・宮川町で発生した大火災を教訓に、2021年には電力供給式の自動火災報知機の全住戸設置を実施しました。火災発生時には大家である安食さんへ数秒以内に電話通報が入るシステムを構築し、各住人にも火災時の初期対応が行えるよう業務用消化器の設置と使用方法説明書を配布。路地が袋小路であることを考慮し、被災時には表通りに避難できるもう一つの通路を確保して住人に周知徹底しました。
住む人の生活を守る一方、その人たちの暮らしが成り立っていくように情報発信も必要で、「二つを両輪で考えていかなければならないのがこれからの課題」と弘子さん。
京都では住居だった町家を店舗に改装して活用する方法も多く、とくにインバウンド需要に応える手法の一つとして人気を集めていますが、盛夫さんは「訪れた人がそこでものを買ったり食べたりするだけではなく、町家での暮らしや生業が残っていて、それを感じられることにも価値があると思うのです」と、建物という器だけに留まらない生活文化の継承に一石を投じます。
路地前にある盛夫さんのコーヒー店「fuku coffee roastery 」は顧客の8割が海外からの観光客ですが、訪れる人と交流し、路地や町家、京都の暮らしについて話すなかで「旅先で観て楽しむだけでなく、体験を通じて何かを実感したい、知識を得たいという思いを大切にしている方が多いと感じます。それがこれからのヒントにならないかと模索中です」という言葉に今後が期待されます。
路地裏でつながる、「京都路地の日」
盛夫さんは主催者のひとりとして「京都路地裏ミーティング」という活動にも力を入れられています。2023年秋に第1回があじき路地で開催されました。京都に1万以上あるといわれる路地の観光資源・情報発信地としての活用が話し合われました。持続可能な京都の路地文化を、路地に関わる生活者や実務者の立場から継承することが目的です。
また、6月2日に「京都路地の日」を制定することを目指し、毎月のように関係者とミーティングを重ねられています。イベントの開催にあたり、ボランティアスタッフなど多くのご協力が必要とのこと。路地文化にご興味をお持ちいただいた方はご参加されてみてはいかがでしょうか。
■リンク
優良事例集 | 京都観光行動基準(京都観光モラル) | 公益社団法人京都市観光協会
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記事を書いた人:上田 ふみこ
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ライター・プランナー。京都を中心に、取材・執筆、企画・編集、PRなどを手掛け、まちをかけずりまわって30年。まちかどの語り部の方々からうかがう生きた歴史を、なんとか残せないかと日々奮闘中。