【京都観光のいま】宇治茶を通し、人と人とのコミュニケーションから生まれるおもてなしを~大谷茶園~

伏見稲荷といえば海外からも人気の高い観光地。ここで宇治茶のおいしさを伝える「大谷茶園」は、お茶の淹(い)れ方・抹茶の点(た)て方の説明や多言語対応の栞の提供などを行っており、京都市が推進する京都観光モラル事業の「持続可能な京都観光を推進する優良事業者」にも選ばれています。インバウンドについての取り組みをはじめ、子どもたちや高齢者など地域とのつながりを大切にした取り組みについてお話を聞きました。

にぎわう伏見稲荷で、宇治茶本来のおいしさを届け続けて

緑茶発祥の地といわれる宇治田原町で115年前に創業し、戦後、伏見で茶商を営んできた「大谷茶園」。たくさんの参拝客でにぎわう伏見稲荷大社のお膝元で暖簾を掲げ、宇治茶の専門店として「お茶本来のおいしさにふれてほしい」とさまざまに工夫を凝らしています。

ひとくちにお茶といっても、産地や育成方法、製茶の手法などによって多彩な種類があり、味わい方も茶葉を煎じたり、抹茶を点てたりとさまざまです。「その違いを説明し、おいしさを引き出すコツを伝えるのが専門店の務め」と話してくれたのは四代目店主の大谷英之さん。「お茶は黙っていては売れない」という信条のもと、店を訪れる人に情報を提供し、コミュニケーションを大切にしているといいます。

「昨今の抹茶ブームにあやかって、観光客用に質が悪く安価な茶葉が提供されることで、本来の旨味が伝わらず、抹茶を苦手に感じる方が増えることは避けたい」と懸念する大谷さんは、品質にこだわった宇治茶の味がどのようなものか知ってもらおうと、抹茶と茶菓子のセットのほか、ドリンクやデザートなどにも数種の良質な宇治産の抹茶をふんだんに使い分け、抹茶オーレや抹茶ソフトクリーム、抹茶のアフォガードなどを店頭で提供しています。

また、自家製のほうじ茶には根強いファンも多いほか、お茶の種類とパッケージが選べる「一煎パック」は“自分でつくれるお土産”として人気です。一煎パックは、選ぶ楽しさに加え手書きのメッセージを封入することができ、あれこれ迷いながら1時間近く店に滞在する人もいるとか。希望にあわせてその場で茶葉を詰めるスタイルは、手間がかかりますが無駄がなく、売れ残りが出にくい点でも注目されるサービスです。

海外からの観光客に「体験」と「知る楽しさ」を

伏見稲荷は京都でもひときわ外国人観光客が多いエリアのため、大谷さんは海外から訪れた人にも積極的に話しかけ、宇治茶の魅力を伝えています。その場でドリンクやデザートなどを楽しんでもらうのはもちろん、購入したお茶を帰国後もおいしく楽しめるように、抹茶の点て方や抹茶を点てる茶筅の手入れの仕方などがわかる栞をつくり、日本語・英語を併記するほか、QRコードを読み込めば11か国語表記の関連サイトにつながるよう配慮しています。

また、「体験することや、知ることこそ旅の醍醐味」と考え、お茶の味だけでなく成分や効能について解説したり、必要とあればお茶の淹れ方を実践して見せたり、飲み比べて好みのお茶を選んでもらうこともあるといいます。

そうして重ねてきた訪日客との交流が口コミで広がり、いまでは同店を探して伏見を訪れる外国人観光客もいるほどです。「海外から足を運んでくださる方は一見さんばかりで、一期一会の出会いだと思ってきましたが、想像していた以上にリピーターが多いことに驚いています」と大谷さん。同店の抹茶の味を気に入り、京都滞在中に毎朝5日連続で店を訪れた人や、年に数回、日本に来るたび立ち寄るという人、お取り寄せを長く継続している人など、もはや常連ともいうべき海外の顧客も増えています。

ごみやマナーの問題は、お互いを理解するところから

インバウンド需要が高まる一方で、外国人観光客のマナー問題も大きく取り上げられるなか、大谷さんは「コミュニケーションや情報不足から起こるトラブルも多いのでは?」と疑問を呈します。スイスでスキーのガイドをしていた経験をもつ大谷さんは、当時、ヨーロッパでマナーを知らない日本人観光客が嫌われ、観光名所やブランドショップから締め出されていたことを思い出すといいます。「いまでは日本人が各国から歓迎される観光客になったように、お互いの文化や習慣の違いを知れば変わってくるのではないでしょうか」

観光地で問題となっているごみの問題に関しても、「ごみ箱を設置すればそこにごみが集まり景観が損なわれる」と考え、日本の持ち帰り文化を知ってもらうきっかけとして、大谷茶園でテイクアウトドリンクを購入した方には様子を見てごみ袋を渡すことがあります。たこ焼きのトレーやグレープフルーツの皮、長い串など既に手に持っているゴミは選ばず、預かって捨てているといいます。「画一的な対応ではなく、これこそ接客スキルの見せどころ。考えてみれば安上がりのイメージアップ作戦ですよ」と笑います。
 
「遠い国からわざわざ伏見を選んで訪ねてくれる人に対して、ひとくちに“観光公害”と言ってしまうのは寂しいこと」と話し、相互理解を深化していくほか、観光で生まれた利益を地域へ上手く還元できるような工夫を考えていく必要があると問題提起します。

専門店、商店街ができること、伝えられること

これまで大谷茶園では地域貢献の一環として、小学校で茶香服(ちゃかぶき/お茶の飲み当て遊び)などの体験授業を行ってきました。そのなかで驚いたのは、家に急須があるという子が三分の一以下だったということ。ペットボトルのお茶やジュース類が増え、お茶を急須で淹れて飲むという習慣が家庭から失われれば、受け継がれてきたお茶の文化そのものが途絶えることになりかねません。まずは子どもたちに対してお茶に親しんでもらう機会を設け、未来につなげたいといいます。

また、商店街の一員として地域に関わるなかで、高齢者の見守り活動などに取り組むほか、まちの歴史に触れてもらう契機となるよう名所・旧跡をテーマにした「伏見~るかるた」を作成。かるた大会やスタンプラリーを開催し、大谷さんは長年事務局を務めています。
 
店を訪れる顧客だけでなく、まちを訪れるすべての人に視野を広げて、店頭には給水スポットや誰もが座れる椅子を設置しています。「集合に間に合わなかった修学旅行生を送り届けたり、稲荷山に参拝されるご家族からご高齢のおばあさまをお預かりし、店で待機していただいたり、にぎやかな商店街にいるとエピソードは絶えません」と大谷さん。

大谷さんのもてなしの根底にあるのは、「暑い日は冷たく、寒い日には熱いお茶を」という相手を思う心。そこにこそ観光客が求める日本らしさ、京都らしさがあるのかもしれません。

 

■リンク 

◇【京都観光モラル】優良事例集

宇治茶の大谷茶園 - 稲荷繁栄会
https://inari-kyoto.com/ohtani

記事を書いた人:上田 ふみこ

ライター・プランナー。京都を中心に、取材・執筆、企画・編集、PRなどを手掛け、まちをかけずりまわって30年。まちかどの語り部の方々からうかがう生きた歴史を、なんとか残せないかと日々奮闘中。

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