京都五山送り火連合会会長が語る、「京都五山送り火」の成り立ち、行事に込められたご先祖様への思い

祇園祭と並び、京の夏の風物詩として知られる「京都五山送り火」。毎年8月16日に行われるお盆の行事として、京都の人たちに親しまれています。京都の人には馴染み深い「京都五山送り火」ですが、そもそもなぜ送り火を行うのか、その意味については知らない、という方もいるかもしれません。今年は昨年に続き規模を縮小しての実施となりますが、「京都五山送り火」に込められた意味を知れば、いつもの「京都五山送り火」が少し違って感じられるかも。今回も京都関連の講演やツアーで日々、京都の魅力をさまざまなかたちで発信するらくたび・若村亮が、「京都五山送り火」の裏側に迫ります。

 

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 1.「京都五山送り火」とお盆のつながりとは?

 お盆とは旧暦 7月15日を中心に行われる行事で、新暦の現在では一般的に 8月13~15日に行われています。京都ではご先祖様の精霊は親しみを込めて「お精霊(おしょらい)さん」と呼び、お盆にこの世へとお精霊さんを迎えて供養し、16日の夜に再びあの世へとお送りするのが習わしです。そんな16日の夜に行われる「京都五山送り火」とはどういったものなのか、今回は京都五山送り火連合会会長であり、左大文字保存会会長も務められる岡本芳雄さんにお話しをお聞きしました。 

―今回のテーマは「京都五山送り火」ですね。夜空に大の文字が浮かぶのは見たことがあります。

若村:大文字は印象的ですが、実は他にも色んな文字や形が浮かびますよ。今日はその辺りについても岡本会長と一緒にたっぷりとお話しします。

岡本会長:よろしくお願いします。

 ―よろしくお願いします!お話たっぷりと聞かせてください。

岡本会長:お盆にはお精霊さんをお迎えする習わしと、お送りする習わしの2つがあります。お精霊さんをお迎えする行事としては、六道珍皇寺の六道まいりや千本ゑんま堂のお精霊迎えなどがよく知られます。

 若村:お精霊さんをお迎えするという意味では、「精霊馬」もありますね。

 ―「精霊馬」とは何でしょう?

若村:お盆に “きゅうり”や“なす”に楊枝を差したお供えものを見かけませんか?あれは「精霊馬」と呼ばれるもので、昔からお精霊さんは精霊馬に乗ってこの世とあの世を行き来すると伝えられてきました。“きゅうり”の方は「馬」で、少しでも早くお精霊さんがあの世から帰って来るようにとの思いが込められており、一方の“なす”は「牛」でお精霊さんがゆっくりとあの世へ帰って行くように、との願いが込められています。

岡本会長:そのようにしてお盆に迎えたお精霊さんを、16日の夜に再びあの世へと送り帰すための行事が「京都五山送り火」というわけです。諸説ありますが、夜空に火を焚くことで、あの世へ通じる暗い道を明るく照らし、お精霊さんが無事にあの世へ帰ることができるよう願ったのだそうです。当日は午後8時から、東山の如意ヶ嶽に「大」の字が浮かび上がり、続いて松ケ崎の西山に「妙」・東山に「法」、西賀茂の船山に「船形」、衣笠大北山の大文字山に「左大文字」、最後に嵯峨鳥居本の曼荼羅山に「鳥居形」が順に点火されます。

2.「京都五山送り火」の成り立ちとは? 

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夜空に浮かぶ左大文字

 ―「京都五山送り火」には、ご先祖様を大切に思う気持ちが込められていたのですね。

岡本会長:そうですね。昔から京都の人たちに親しまれている行事のひとつです。

若村:ところで岡本会長は、「京都五山送り火」に携わられてどれくらいになりますか?

岡本会長:高校1年生の頃からなので、60年ほどになります。

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今回インタビューさせていただいた岡本芳雄さん

―60年!それはすごいですね。

若村:半世紀以上に渡り「京都五山送り火」に関わってらっしゃるのですね。では、「京都五山送り火」が今のような体制になったのは、いつ頃なのでしょうか?

岡本会長:昭和35年(1960年)に連合会ができてからですね。元々送り火はそれぞれの山の独立したお盆の行事だったので、それまでは五山がばらばらに点火していました。

―えぇ!元々は別々の行事だったのですか!

岡本会長:京都三大祭に「京都五山送り火」を加えて京都四大行事となったことから、「ばらばらに点火していては、せっかく観に来た人が分からなくて困るのでは?」ということになり、今のように時間を決めて東から西へと順に点火するようになりました。

若村:以前は現在の五山以外にも様々な送り火が山々に灯されていたとお聞きしたことがありますが……。

岡本会長:「い」「一」「竹の先に鈴」「蛇」「長刀」があり、約10ヵ所で点火されていたようです。ただ、それらは次第に守る人がいなくなり、明治初期にはなくなってしまいました。

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普段の左大文字。大の字の形で火床が並んでいる

―「京都五山送り火」はいつ頃から始まったのでしょうか。

岡本会長:諸説ありますが、少なくとも江戸前期1600年代には現在の五山の送り火がそろっていると書かれた資料が残っています。 

若村:平安時代に弘法大師・空海が始めたという説もありますね。 

岡本会長:他にも、室町時代に足利義政が子どもを弔うために始めたという説もありますが、地元では左大文字は金閣寺が創建された足利義満の時代に始まったのでは?とも言われています。というのも、左大文字の近くには足利義満が建てた金閣寺や、足利家の菩提寺である等持院があるのですが、実はうちの家紋は足利家と同じものでして、先祖は足利家に仕えていたのでは、と伝わっています。代々送り火を守ってきた家系でもあるので、きっと足利家に仕えていた頃から送り火に関わっていたのだろうと。

若村:なるほど。それは地元の方ならではの説ですね! 

岡本会長:他にもこんな説があります。大文字の近くに銀閣寺があり、一方、左大文字の近くには金閣寺がありますが、それがちょうど御所の池の水面に映した姿になるように計算されていると。この御所というのは足利将軍時代の御所ですが、そのような逸話からも足利家が送り火に関わっていたとも考えられます。 

若村:送り火にどのような起源があるのか、思いを巡らせるのも楽しいですね! 

―送り火で灯される文字や形には何か意味があるのでしょうか。

岡本会長:一説には「大」という字は分解すると「一人」となりますよね。ですので、「人」を表しているのだとも言われています。五山に点火された文字や形を見てみますと、一人の人間(大)が、お経を唱えて(妙法)、神社をお参りして(鳥居形)、船に乗って(船形)、そして天界に向かうという、人間の一生に繋がるものがありますよね。

若村:確かに、人生のストーリーが表現されているようですね。

岡本会長:他にも弘法大師・空海が「護摩木」を大の字でかたどったから、なんていう説もあります。

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護摩木の受付風景

―「護摩木」とはどのようなものでしょうか?

岡本会長:護摩木は、元々はご先祖様の戒名を書いて供養するためのものだったのですが、次第に生きている人の厄除けや無病息災を願って記されるようになりました。受け付けた護摩木は、送り火の際に一緒に焚き上げることで、1年間の安全を祈願します。

若村:護摩木は「妙法」以外の保存会で行われてきましたが、本来であれば昨年から「妙法」でも護摩木の受付を開始される予定だったそうですね。残念ながら今年も護摩木の受付は中止となりましたが、来年以降は五山すべてで受付をされるかと思うので、私も足を運んでみたいと思います。

3.「左大文字」の特徴と保存会の活動とは?

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松明(たいまつ)を整えている左大文字保存会のみなさん

―左大文字保存会の活動についても教えてください。

若村:左大文字保存会には何名ほど在籍されているのでしょうか。

岡本会長:現在は70名ほど在籍していますが、実働している会員は毎年50~55名ほどです。中学1年生から70代後半の方まで、幅広い年齢の方がいます。左大文字保存会には中学1年生から参加できるのですが、中学の3年間は見習い期間で準会員となります。先輩方の作業を見て学びながら過ごし、高校1年生になってようやく正会員となります。

若村:どうすれば会員になれるのでしょうか。

岡本会長:世襲制のような面がありまして、親から子へと受け継がれます。一家から何名でも参加できますので、3世代が同時に参加するというようなことも珍しくありません。元々は地元の農家が受け継いできたのですが、現在ではサラリーマン家庭の方が大半ですね。

―左大文字保存会の一年間の活動はどのような感じでしょうか。

岡本会長:お盆の時だけ活動していると思われることもあるのですが、実はお盆を迎えるまでが意外と大変で……。送り火は夜に行われる行事ですから、とにかく山道が整備されていないと本当に危険なので、山道のメンテナンスは念入りに行います。他にも火床の修理や、新緑の季節にはのびてきた草や木を刈ります。そのままにしておくと見た目にもよくありませんし、松くい虫により赤松の立枯れが発生したり、送り火の火が燃え移ったりして危ないので。

こんなことで、1年を通して準備と手入れをしておりまして、本当に大工仕事に左官仕事、木こりの仕事まで幅広い作業をして過ごします(笑)。最近では集中豪雨も多いでしょう?大雨でも山道は崩れてしまうので、その辺りの手入れも大変です。

若村:保存会の方々の手によって送り火は守られているのですね。そんな左大文字の特徴はどういったものになりますか?

岡本会長:大きく3つありまして、まず一つ目に、大の文字が筆順に点火されることです。他の山ではすべての火床に一斉に火を点けるところがほとんどなので、文字や形が一気に現れるのですが、左大文字は筆順通りに火床3つずつを順番に点けていきます。じんわりと火がついていき、5~10分かけてようやく「大」の字が完成します。 

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手松明から火床に火を移す様子

―なんだか余韻が感じられて良いですね!

岡本会長:2つ目の特徴は、火床の高さが傾斜によって変わることです。かつてはロープを使って位置を決め、そこにかがり火台を設置していたのですが、毎年文字の形や場所が少しずつ異なるものになってしまって……。そこで、山の斜面にあわせて高さ30センチから3メートルまで栗石を積んで、様々な高さの火床を設置しました。その上に、割木や護摩木を1.5メートルほど組み上げて火を点けます。これだけ高い火床を組み上げたことにより、雨にも左右されず美しい大の字を灯せるようになりました。

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石を重ねてつくられた火床

若村:他に昔と比べて変わったことはありますか?

岡本会長:昭和36年(1961年)頃、元々43であった火床の数を10ヶ所ほど増やしまして、現在では53ヵ所になっています。だから昭和初期の写真と見比べると少し字の形が変わっています。

そんな火床にも関係するのが3つ目の特徴、松明(たいまつ)行列があることです。

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当日の火床の配置を記したもの。火床は基本的にひとり1ヵ所を担当する

―松明行列とは、どのようなものでしょうか。

岡本会長:火床に灯すための火がついた大松明を持って山に上がる行列のことで、4代前の保存会会長が、菩提寺である法音寺の先々代のご住職とご兄弟であったことから、元々の宗教行事をきちんと再現するかたちで始められました。町内のかがり火やお寺の境内に蓮華台を設置したのもこの頃です。

当日は法音寺からスタートし、大松明に点火をして行列をなして山に運び、火床へと火を移します。

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行列の出発前に大松明に火を灯す

若村:大松明はとても大きく見えますが、どれくらいの重さなのでしょうか。

岡本会長:50キロほどありまして、主にその年の京都市市長表彰を受けた若手が一人で運びます。大切な松明ですから緊張感はありますが、その分誇りも感じられます。

4.「京都五山送り火」の当日と送り火に関わる人の思いとは?

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山の中腹まで割木を運び、これから火床を整えていく

―送り火当日はどのようなスケジュールですか?

岡本会長:朝6時半に集合して金閣寺に向かい、金閣寺の前などにテントを張ります。護摩木の受付やグッズの販売を行うためです。それから、割木を束ねて山の中腹あたりまでトラックで運びます。13時には全員が山に上がり、割木を火床に運び、それぞれの持ち場で火床を組み上げていきます。組み終わった火床には、急な雨が降っても大丈夫なように上からビニールを掛けたら準備は完了。山を下ります。この時点で16時くらいでしょうか。

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火床の上に割木を重ねていく

若村:ここまででも結構な力仕事なのですね。

岡本会長:本番まではまだまだですよ(笑)。17時半頃には役員の奥様方が作ってくれたおにぎりで腹ごしらえをし、手松明の準備をしておきます。19時になれば、いよいよ松明行列のはじまりです。まずは法音寺で15分の法要を行い、その後町内のかがり火24ヵ所に火を灯します。19時20分に大松明に点火したら、行列をなして山に登っていきます。行列は20時前には到着しますので、20時10分頃には手松明に火を点けて、それぞれの配置につきます。20時15分になれば、会長による銅鑼の合図で点火。筆順に火を灯していきます。

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松明行列の様子

―当日は朝から夜まで、一日中、行事に関わることになるのですね。

岡本会長:そうですね。夏の一番暑い時期に行うので、体調管理は大切です。

若村:力仕事も多いので体力的にも厳しそうですが、いままでこんな大変なことがあった!というエピソードはありますか?

岡本会長:送り火を灯した時、火の粉が飛んでしまうことがよくあるのですが、時々火の粉が山の草木に飛び移って燃えることがあり、そうすると「大」の字が「犬」や「太」になったりして……(笑)。

若村:「大」が「犬」や「太」に!それはびっくりしますね。

岡本会長:そうなってもすぐ消せるよう、火が灯されている間は木陰などに避難しつつ近くで見守っています。

若村:かなり熱そうですが……。

岡本会長:とっても熱いです(笑) 

若村:ですよね(笑)。「京都五山送り火」で使われる木はどういったものでしょうか。

岡本会長:割木は赤松を使用しています。これは、炎が橙色で美しいことや火力が強いことなどが理由です。ちなみに鳥居形では、赤松の根っこの方を使います。他の部分と比べ松ヤニが多いことから、炎の色がより赤に近い色になるようです。他の送り火と比べてみても、鳥居形だけ色味が異なるので、来年は炎の色を見比べてみるのもよいかもしれません。

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「京都五山送り火」の成り立ちから当日の様子までたっぷりと話してくれた岡本会長(左)

―炎の色の違いは考えたことがありませんでした!ところで、京都五山送り火にまつわる習わしなどはありますか?

岡本会長:「燃える大の文字を酒の盃に映して飲み干せば無病息災になる」とか、「コップの水に消し炭を溶かして飲むと病気にならない」など言われていますね。

若村:なんだか祇園祭のちまきみたいですね!

岡本会長:そうですね。このような習わしは実際に我が家でも行っていますよ。

―最後に、岡本会長は毎年、どのようなお気持ちで「京都五山送り火」の季節を迎えられますか?

岡本会長:お盆は一年に一度ご先祖様が戻って来る日ですが、こうしてお盆に関わるお勤めができるのもやはりご先祖様があってのことですよね。

若村:常日頃は忘れがちですが、お盆だからこそご先祖様に感謝の気持ちが湧いてくるということもありますね。

岡本会長:そうですね。だからこそご先祖様のためにも、送り火を見てご先祖様のことを思う方のためにも、できる限り綺麗に点火したいと、そんなことを思いながら感謝の気持ちを忘れずに取り組んでいます。

―今年のお盆は「京都五山送り火」とともに、ご先祖様を思って手を合わせたいと思います。

岡本会長:来年はきっと「護摩木」の受付もありますので、ぜひご先祖様はもちろんご家族のためにも無病息災を願いにお越しください。

若村:家族の無病息災は、きっとご先祖様も喜んでくれることでしょうね。

―そうですね。来年はぜひ「護摩木」の祈願と、松明行列を間近で目にしたいと思います。ありがとうございました!

 

記事を書いた人:らくたび

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株式会社らくたび

京都に特化した事業経営を行い、『 らくたび文庫 』など京都関連書籍の企画・編集・執筆や、旅行企画プロデュース、 各種文化講座の京都学講師、京町家の魅力発信や活用・維持保存、テレビ・ラジオ番組の出演など、多彩な京都の魅力を広く発信している。 また、京都関連の観光施設・商業施設・学校法人・不動産(京町家)事業などのアドバイザー&コンサルタント事業も行っている。

記事を書いた人:若村 亮(わかむら りょう)

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株式会社らくたび 代表取締役

- 洛を旅する - 「 らくたび 」 を創立して京都に特化した事業経営を行い、『 らくたび文庫 』 など京都関連書籍の企画・編集・執筆や、旅行企画プロデュース、各種文化講座の京都関連講演の講師、京町家の魅力発信や活用・維持保存、テレビ・ラジオ番組の出演など、多彩な京都の魅力を広く発信している。著書に、らくたび文庫シリーズ( コトコト )、『京の隠れ名所』(実業之日本社)など多数。

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