京都の夏の風物詩であり、京都三大祭のひとつにも数えられる「祇園祭」。鉾の上で演奏されるお囃子に合わせて山鉾が巡行する姿は、祭りのハイライトとも言われます。残念ながら昨年に続き山鉾巡行は中止となりましたが、今年は文化財の保存・技術継承のために一部の保存会では山鉾を建てられました。一般の方の参加は叶いませんでしたが、それでもほんの少し京都のまちに祭りの賑わいが帰ってきたようです。
祇園祭といえば、印象的なのは「コンチキチン」の音色で表現されるお囃子。宵山や山鉾巡行の際、鉾の上でお囃子を奏でる人たちは「囃子方(はやしかた)」と呼ばれ、祭りを盛り上げ、巡行の際のリズムとテンポをとる祇園祭には欠かせない存在です。お囃子も今年は、技術の継承を目的に合同練習などが行われました。そのような中、今回は来年に向けて祇園祭をたっぷりと楽しんでいただけるよう、函谷鉾で囃子方として活躍する西浦吉則(にしうらよしのり)さん・輝基(てるき)くん親子に、お囃子への思いやその魅力など、祭りの裏側をたっぷりと教えていただきました。
1.囃子方になったきっかけは?
―こんにちは。本日はよろしくお願いいたします。早速ですが、西浦さんはなぜ函谷鉾の囃子方になられたのでしょうか。
西浦さん:私が函谷鉾のお囃子に参加するようになったのは、小学3年生の頃でした。母親の実家が郭巨山町にあることから元々祭りには親しみがあったのですが、叔父が函谷鉾の囃子方として演奏する姿を見て、かっこいいなぁと思ったのがきっかけです。(西浦さんの叔父さんは、「【観光ガイドのプロが徹底解説!】来年の山鉾めぐりが一層奥深くなる!覚えておきたい祇園祭の楽しみ方」でインタビューさせていただいた郭巨山保存会・副理事長と函谷鉾祇園囃子嘉多丸会・相談役を務めておられる小林裕幸さんです)
―鉾の上で演奏する姿はかっこいいですよね!息子さんの輝基くんは、今年から参加されるようになったとお聞きしましたが……。
西浦さん:本来は小学2年生からの参加が一般的なのですが、本人の「参加したい!」という意志がとても強かったため、小学1年生ですが今年から参加することになりました。
―それはすごいですね!輝基くんはどうしてお囃子に参加しようと思いましたか?
輝基くん:お父さんが太鼓を叩く姿がかっこよくて、僕も参加したい!と思いました。多分3歳くらいからそんな風に思っていたような気がします。
―叔父さんが演奏する姿を見て参加を決められた西浦さんと繋がるものがありますね。
西浦さん:そうですね。やはり町内の役員をされている方などは親子で参加される方も多く、函谷鉾では親子2世代での参加が10組くらいいますね。
―10組も!函谷鉾の囃子方全体としては、何名ほどいらっしゃるのでしょうか?
西浦さん:小学1年生から70代の方まで、あわせて70名ほどが所属しています。そのうち大学生以下が20~30名ほどでしょうか。学生さんは高校生くらいになるとクラブ活動が忙しかったりして、なかなか参加しづらくなることも多いです。ですので、在籍は70名ほどですが、実働しているのは50名ほどかなと思います。
2.囃子方ってどんなことをするの?
―囃子方にはどんな役割がありますか?
西浦さん:「鉦方(かねかた)」「笛方」「太鼓方」に分かれていて、高校生の頃までは鉦方を担当します。鉦は直径20センチメートル、側面6センチメートルの青銅合金製で、銅と錫の割合や厚みなどが各鉾それぞれに異なりまして、もちろん音色も変わってきます。お囃子の「コンチキチン」との音色はこの鉦方が鳴らす鉦の音からそう表現されています。
西浦さん:鉦方を担当している間にテンポなどお囃子の基礎をしっかり身に付けまして、大学生くらいになってお囃子の基礎が出来ていることが認められると、今度は笛方と太鼓方のどちらの道を進むかを選択します。私の場合は、やはり叔父が太鼓を叩く姿が子どもの頃からの憧れでもありましたので、太鼓方を目指しました。
輝基くん:僕も大きくなったら、お父さんみたいな太鼓方になりたいです!
西浦さん:太鼓方は、お囃子全体の指揮者のような役割がありまして、お囃子を演奏するときは、お稚児さんの両脇に座ります。お囃子全体のテンポを決めるのは太鼓方の仕事。次に演奏するお囃子をどの曲にするか決めるのも太鼓方の役目で、「呼び出し」と呼ばれ、次の曲名が書かれた帳面を皆に見せて指示を出します。
―本当にオーケストラの指揮者のようですね!ところで、お囃子は何曲くらいあるのでしょうか。
西浦さん:各山鉾によってお囃子は異なりまして、函谷鉾には40曲ほど伝わります。それぞれに譜面があり、もちろん「バチさばき」も異なります。実は巡行の際、鉾の進行方向を変える「辻廻し」は4ヵ所あるのですが、それぞれにこのお囃子を演奏するというのが決まっています。例えば、四条河原町交差点での辻廻しの時は、「神楽」「唐子(からこ)」「白山(はくさん)」「戻り囃子(地囃子)」の順に演奏します。ゆったりとしたテンポの「唐子」とテンポの良い「戻り囃子(地囃子)」の間に、ちょうど中間くらいのテンポである「白山」が入るのが函谷鉾のお囃子の特徴で、他の山鉾よりも1曲多く演奏しています。そうすることで、流れるようなここちよいお囃子となるのです。
―辻廻しのときに曲が決まっているとは知らなかったです。でも、40曲もあると覚えるのも一苦労ですね。
西浦さん:そうですね。でも、中には今では演奏しない曲もありまして、例えば戦時中には「君が代」などという曲名のものも演奏していたようです。
―そうしたエピソードも長く続くお祭りならではですね。ちなみに、西浦さんの好きなお囃子はどのような曲ですか。
西浦さん:「千鳥」という曲が好きです。巡行の最後の辻廻しの場所である四条新町の辺りで演奏する曲なのですが、笛と鉦が中心のしっとりとした雰囲気が、「あぁこの角を曲がればもう巡行が終わってしまうんだなぁ」という少し寂しいような心情を反映するように感じまして……終盤はお囃子のスピードが一気に上がってきまして、祭りのフィナーレに向けて、熱い思いがぐっとこもった演奏になるところも好きですね。
―それは来年ぜひお聞きしたいです。輝基くんは好きなお囃子はありますか?
輝基くん:「地囃子」と「一二三(いちにっさん)」が好きです。
西浦さん:この2曲だけは息子も演奏できるので(笑)。これから他の曲も演奏できるようお稽古していこうね。
輝基くん:うん!!
函谷鉾のお囃子はこちらからお聴きいただけます♬
3.お囃子の技術はどうやって継承されるの?
―輝基くんの活躍も楽しみです!普段のお稽古はどのように行っていますか。
西浦さん:月に一度、会所の2階で行われるいわゆる「二階囃子」のお稽古があります。ただ、それはどちらかと言うと、全員で音を合わせるためのお稽古なので、日々のお稽古は個人で行うことになります。それぞれ先輩に教えていただいたり、CDを聞きながら自主練習をしたり……。太鼓方は演奏ももちろんなのですが、はじめのうちは太鼓の締め方をしっかりと教わります。太鼓の締め方によって音が変わりまして、特に函谷鉾は太鼓の音が高いのが特徴なので、きちんと音の高さを合わせられるよう、2~3年かけて先輩に付きっきりで学びます。
輝基くん:僕は、お父さんから教えてもらうこともありますが、お父さんが太鼓のお稽古をしている時は先輩に教えてもらっています。
西浦さん:先輩に教わるというのは伝統ですね。笛方になるとまずは音を出すということが大変で、最初の1年はとにかくそのための練習をするそうです。やっぱり先輩の家に通ってお稽古をして技術を身に付けていきます。これは太鼓方も笛方も同じです。
―お囃子の技術の継承は、先輩から後輩へと行われるのですね。たくさんお稽古もされるかと思うので、お仕事や学校との両立も大変そうですが……。
西浦さん:実は私は学生時代、他県の大学に通っていたので、囃子方からは少し離れていまして……。でも大学3回生の頃、お祭りのことが気になって祭当日に隠れて様子を見ていたら、それを囃子方の先輩に見つかりまして。「そんな所から隠れて見るくらいやったら、戻ってこい!」と声を掛けていただきました。それがきっかけで「京都に戻ってきて、地元の企業に就職しよう」と決意しました。現在勤めている会社も実は囃子方の先輩の会社で、お稽古の日は少し早めに退社させていただいたり、山鉾巡行の日はお休みをいただいたり……お祭りに関わることにご理解をいただいているので、本当にありがたいです。ちなみに息子の学校では、「吉符入」と「曳初め」、「山鉾巡行」の日は、保存会から公休届が発行されるので、それを学校に提出すれば、お祭りの従事者として認められ公休扱いとなります。
輝基くん:そういえば、学校の給食で鱧が出ました!
―えぇ!鱧が!?さすが京都の小学校ですね!
西浦さん:祇園祭は別名「鱧祭」とも呼ばれますから、行事食として取り入れる学校もあるようです。
―うらやましいです(笑)
輝基くん:唐揚げみたいになっていて美味しかったです!!
4.囃子方になって良かったことは?
―お祭りに関わるには、ご家族のご協力があってこそだと思うのですが、その辺りはいかがでしょうか。
西浦さん:そうですね、やっぱりお稽古や会合などで不在にすることも多いですし、特に妻にとっては大変なことが多いかもしれません。今年からは息子も参加するようになって、これまでとはまた少し違ったまなざしで見守ってくれているなぁと感じています。これは私にとって楽しみのひとつなのですが、先輩たちの「自分の子どもをひざの上に乗せて鉾の上から家族に手を振る」という姿を見てずっと憧れていまして。やっぱりこれは、囃子方だからこそ出来ることですよね。今年は山鉾巡行がありませんでしたので、来年以降の楽しみにしておきます。
―それは良いですね!逆に囃子方をしていて大変だったことや辛かったことはありますか?
西浦さん:お囃子とは直接関係ないのですが、私が太鼓方になることが決まってから、お祭りに関わるいろんなことを全部教えてくれて、本当にずっと面倒を見てくれていた先輩がいたのですが、ご病気をされて亡くなられまして……それは本当にこんなに辛いことがあるのかと思うほど、悲しい出来事でした。
―そうでしたか……。でも、そういったお話しをお聞きしますと、囃子方の皆さんは本当に家族のように繋がりが深いのですね。
西浦さん:そうですね。私だけでなく、お祭りの期間はみんなでその先輩のことを思って、手を合わせています。
―最後に、西浦さんにとって祇園祭とはどういう存在ですか?
西浦さん:生きて行く中で、なかなか一生続けられるものを見つけるのは難しいことだと思うのですが、私にとって囃子方はそれが出来るものだと思っています。やっぱり何をするにも優先順位の上位ですし、これからも一生続けていけたらと思っています。
―それはすてきですね。輝基くんはこれからどんな風になりたいですか?
輝基くん:早く太鼓ができるようになりたいです。そして、お父さんと一緒に太鼓を演奏するのが夢です。僕が太鼓方になるまであと20年くらいかかるかもしれないので、お父さんには元気で長生きしてほしいです!
―西浦さん、やっぱり一生辞めるわけにはいきませんね!
西浦さん:本当ですね(笑)頑張ります!
親の姿を見て、囃子方への憧れをいただく子。そして、先輩から後輩へと代々受け継がれる技。祇園祭のお囃子は、囃子方たちの深い絆によって伝承されてきました。祇園祭の7月が過ぎれば、早速来年の夏に向けて練習の日々が始まるそうです。来年こそ、囃子方たちが奏でるお囃子とともに、巡行する山鉾の姿を楽しめるとよいですね。
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記事を書いた人:らくたび
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株式会社らくたび
京都に特化した事業経営を行い、『 らくたび文庫 』など京都関連書籍の企画・編集・執筆や、旅行企画プロデュース、 各種文化講座の京都学講師、京町家の魅力発信や活用・維持保存、テレビ・ラジオ番組の出演など、多彩な京都の魅力を広く発信している。 また、京都関連の観光施設・商業施設・学校法人・不動産(京町家)事業などのアドバイザー&コンサルタント事業も行っている。