いわゆる「かわいい方言ランキング」では必ず上位に入る京都のことば。その一方で、「京都の人の言葉には裏があるから、褒められてもその通りに受け取ってはいけない!」などということも、インターネット上でまことしやかに言われています。
その響きの優雅さや柔らかさは誰もが認めるところながら、ちょっと一筋縄ではいかない印象もある京ことば。この記事では、その「一筋縄ではいかない」部分を紐解いていきます。
京ことば とは
「ありがとう」→「おおきに」、「豆」→「お豆さん」など、京都の人が使う独特のことばのことを「京ことば」と言います。京都は平安時代から明治維新まで、千年の長きにわたり日本の都だったので、当時にしてみれば、京都のことばは今でいう「標準語」。それゆえに京都の人は、自分たちの話すことばを方言と捉えることはせず、「京都弁」ではなく「京ことば」という表現を好みます。
京ことばと一口に言っても、舞妓さんが話す言葉と、錦市場のお店の人が話す言葉とは、少し違った印象を受けると思います。京ことばは、御所ことばと町方(まちかた)ことばの二つに大別でき、町方ことばはさらに西陣の職人ことば(西陣の織物職人のことば)、中京ことば(呉服業で栄えた室町周辺の問屋街や商家で用いることば)、花街(かがい)ことば(祇園などの花街のことば)、周辺部の農家ことばなどに分かれます。それらが長い時間をかけて影響しあい、京ことばとして今日に伝わっているのです。
京ことばの発音上の特徴としては、「目(め)―」「歯(は)―」など、母音を伸ばして発音する点が挙げられます。また、敬語のような表現や、婉曲的な言い回しも特徴です。
よく使われる京ことば
ここでは、今でもよく使われる京ことばを紹介します。京ことばには、標準語の単語とそのまま置き換えられるものもありますが、標準語にはない独自の表現もあります。
「おおきに」
「ありがとう」という意味です。
「いけず」
意地悪という意味です。
「人にいけずしたらあかんえ」や(褒められた時に照れ隠しで)「いけず言わんといて!」のように使います。
「~はる」
「~はる」は、「見はる」「怒らはる」というように、動詞の後ろに付ける軽い敬語表現です。例えば、隣の家に行って「奥さんいる?」と聞く場合、京ことばでは「奥さん、いゃはる?」となります。標準語では、家族に対して敬語を使うことはあまりありませんが、この「~はる」という表現は、家族に対しても使われます。
「お~さん」
「オテラサン(寺)」「オミコッサン(神輿)」など、名詞に「お~さん」と付けて、敬いの気持ちを表す表現です。「お芋さん」「お豆さん」「おかがみさん(鏡餅)」など、身近な食べ物に対しても使われます。
角を立てない会話術
京都の人が会話をする上で最も重要視するのが「角を立てないこと」です。たとえ何か不満があったとしても、直接的に言うのではなく、言葉上は和やかにしつつ、ちょっとしたニュアンスで本音をちらりとのぞかせるような伝え方をします。このようなコミュニケーションスタイルは「京都の人は本音が見えない」と言われてしまう所以でもありますが、その一方で、多様な語彙で微妙なニュアンスを表す京ことばの魅力の源でもあります。時の権力者が次々と移り変わる都で平穏に生活していくために、本音と建前を使い分けることが必要だったのかもしれません。
このような微妙なニュアンスを表すための京ことばをいくつかご紹介します。
「あいふさぎ」
どうしても相性の悪い人がいるときに便利な表現です。「○○さんとはあいふさぎどすわ」と言うと、「どちらが悪いということではなく、お互いに少し距離を取りたい感じ」というニュアンスを伝えることができます。
「おおきに」
先に挙げたとおり、基本的には「ありがとう」の意味なのですが、お断りの意味で使われることもあります。例えば舞妓さんに「今度一緒に遊びに行こうよ」と言って「おおきに」と返された場合などは、お断りの可能性も大いにあります。前後の会話の流れや相手の態度をよく見て判断することが必要です。
「ぶぶ漬け」
京都でお茶漬けのことをぶぶ漬けと呼びます。、京ことばにはお茶を表す単語は2種類あります。「ぶぶ」はお茶をふーっと吹いて冷ます音から来た熱々のお茶のことで、飲み頃のお茶のことは「おぶー」と言います。熱々のお茶で作るので、「ぶぶ漬け」なんです。
なお、「ぶぶ漬け、どうどす?」と訪問先で勧められたら、そろそろお帰りくださいというあいさつで、本気にとれば笑い物になるというのが有名な京都の“ぶぶ漬け伝説”です。京都人のイケズを象徴する話として、落語「京の茶漬」のように、まことしやかに語られますが、実際に経験したという話は聞いたことがありません。本来は、「何にもないけど、ぶぶ漬けでも食べてゆっくりしていってくださいね」という京都流の控えめなやさしさの表現のようです。
「おいでやす」「おこしやす」
どちらも基本の意味は「いらっしゃいませ」ですが、この2つの言葉は明確に使い分けられています。事前に約束をしていたり、心待ちにしていた客に対しては「おこしやす」と言って出迎えます。それに対し、一見の客や不意の客に対しては「おいでやす」を使います。「おこしやす」の方が、歓迎のニュアンスが強いのです。
京都発祥の言い回し
京ことばの中には、テレビ番組で使われるなどして有名になり、元々の意味とは違う意味で全国的に使われるようになったものがあります。また、有名なことわざにも、京都が発祥のものが多くあります。
「まったり」
現在は「ゆっくりする」のような意味で使われることが多いですが、もともとは「濃厚な味」を意味する京ことばです。「梅酒も5年たつとマッタリしておいしおす」のように使います。
「ほっこり」
安心するとか、温かい気持ちになるという意味で使われている言葉ですが、京ことばでは「ちょっと疲れたな」という意味になります。少し手間のかかる作業を終えて、ふーっと息をつきたくなるような疲れ具合のとき「ほっこりした」と言います。
「埒(らち)があかない」
このことわざは、上賀茂神社で毎年5月に行われる競馬(くらべうま)での慣習が語源とも言われています。競馬では、敗者が勝者に苦情を申し立てるのが習わしで、その決着が着くまで馬の通用門(埒)が開かないことから、物事に決着が着かない様を表してこう言うようになったとされています。
「堂々巡り」
祈願のためにお堂の周りを何度もぐるぐる回るお百度参りが行われていました。特に、清水寺のお堂の外側の横木には、夜な夜なお百度参りをする人々が木の枝などを当てながら回ったことでついた深い溝があります。何度も同じ場所を回ることから転じて、話し合いが前に進まず、同じ議論を何度も繰り返すことを堂々巡りと呼ぶようになりました。
まとめ
柔らかでゆったりとした響きが魅力的な京ことばは、長らく政治と文化の中心地であった京都で独自に発展してきました。ことばは時代に合わせて変化していくものですが、これからも大切にしていきたいですね。