エリアごとに独特の文化や歴史が色づく街、京都。たくさんのガイドブックがこの地の魅力を語っていますが、それが全てではありません。旅を忘れられないものにする、驚きや発見。その地を自分の足で巡り歩いた人だけが見つけられる、知られざるスポットがまだまだあります。
※Street Guideシリーズは、外国人観光客向け京都観光オフィシャルサイト「Kyoto City Official Travel Guide」にも掲載しています。
https://kyoto.travel/en/street/index.html
今回、ご紹介するのは京都駅の南にひろがる水と酒の街“伏見桃山エリア”。1860年代、日本の近代化に尽くし、日本の歴史を語る上でも重要な人物である坂本龍馬にゆかりのある船宿「寺田屋」が名所のひとつです。このエリアを案内してくれるのは、そんな彼の名を冠した竜馬通り商店街で焼き肉店を経営している竜馬通り商店街振興組合 理事長の森 一起(もり かずき)さんです。
森 一起さんのストーリー
竜馬通り商店街で「肉匠 森つる」という焼き肉店を営んでいる森さんですが、このお店を開いたのは2016年のこと。きっかけは、親戚がこの商店街のほど近く、竹田街道沿いで営業していた「森つる」という名の精肉店を存続させるためでした。この精肉店が開業したのは100年以上前の1888年。この地で商いを続けていましたが後継者が不在のため、このままでは廃業するかもしれない状況だったそうです。
「年配の方は“森つるさん”とさん付けして呼んでくれるほど、地域に大切されているお店だったので、この店がなくなるのが嫌だったんです」と話す森さん。小学生の頃までは伏見に住んでいましたが、父親の都合でこの地を離れ、その後は京都市内で父親の運営するカバン製造卸会社で働いていました。カバンの新しいブランドを立ち上げて営業をしていたこともあり、ブランドを続けることの難しさを体感していたそうです。今の仕事を続けながらも「森つる」という名前を守ることはできないかと考え、会社に飲食事業部を立ち上げて精肉店の肉を使った焼き肉店をオープンし、今に至ります。
伏見桃山エリアの特徴
伏見桃山エリアは、良質な水に恵まれ古くから酒造りが盛んな地域です。俗に江戸時代といわれれる1603年から1868年にはこのエリアを流れる運河が物資の輸送に使われ水運が活発になりました。港町・宿場町としても栄えたこともあり、食料品、着物や日用雑貨などを扱う小売商店が自然と軒を連ね、現在の商店街の形ができあがったと言われています。坂本龍馬が泊まっていた寺田屋も船宿の一つで、1868年の鳥羽伏見の戦いで焼失しましたが、日本人に愛されていた龍馬の遺構を残そうと後に再建され、激動の時代の転換期に想いを馳せる人たちに今も人気のスポットです。
商売の街として発展を遂げてきたこのエリア。古くからたくさんの人々が往来をしてきた名残がうっすら残る石碑が商店街の石畳に使われているなど、これまでの景観を生かしながら建て替えがされてきました。近年は、大型のショッピングモールなどの出店で人の流れが変わり、後継ぎがいないために店を閉める小売店などが徐々に増え、5年前に森さんが久しぶりにこの地を訪れた時は、今ほどの活気がなかったように感じたそうです。しかし、森さんが飲食店を開いたことがひとつのきっかけとなり、新しいお店が徐々に増え、創業100年以上の店と新しい店舗が共存。新たなコミュニティが形成されつつあるといいます。森さんは「僕は地元の人に愛される店でありたいんです。そうでないと、海外のお客さんを受け入れるなんてことも言えないはず」と語ってくれました。ずっとこの場所で育ったのではなく、一度離れたからこそ見えてくる景色もあったのでしょう。そんな彼の視線の先にある、この通りの今を案内していただきました。
商店街の魅力はモノではなく人
京阪の中書島駅から歩いて5分。小さな川にかかる蓬莱橋を渡ると、京町風の建物群が見えてきます。そこが洋服などの雑貨店や野菜や酒、漬物を売る店、飲食店などツーブロックに23店舗が立ち並ぶ“竜馬通り商店街”です。「商店街は人でできているんです」と言って、森さんがまずファインダーを向けたのは、創業は100年以上前だという田中漬物店の店主や青果店を営む「ふじわらや」の店主。この商店街を支えている一人です。「この商店街は、人があったかいんです。皆さん、誰にも気軽に話しかけてくれるんで。いろいろな方に人の温かみのようなものに触れてもらいたいです」と森さんが話す通り、声をかけると皆さん、柔らかな表情で受け答えをしてくれます。
古くからこの場所で変わらず商売を続けている店もありますが、後継者がいなくなり、シャッターを閉めている店もあります。しかし、森さんが飲食店をはじめたことをきっかけに新しい店がこの場所に出店するようになりました。新しい店も、この商店街のレトロな街並みに合わせて改装され、歴史風情を感じる風景が守られています。
古きと新しきが共存し、新しい交流が生まれる
「最近は新しいお店が増えてきましたが、商店街のみんなは家族みたいな感じなんです」と話す森さん。この場所で新しく店を構えた店舗のひとつ「家守堂」は、クラフトビールと「安本茶舗」という日本茶専門店が併設されたお店です。もともとこの場所で日本茶を販売していた「安本茶舗」でしたが、後継者がなく、この先も店を続けていくのが難しい状況でした。しかし、東京から醸造設備を手掛ける会社がぜひこの建物を活かしてビールを楽しめるお店を作りたいと、共同で店舗を運営するという新しい手法で共存をなしえたのです。
この他にも、本格的なナポリピザが楽しめる「ドンチッチョ」のような今までにはなかった新しい店が出店するなど、閉まっていたシャッターが開き、地元の人も新しくきた人もコミュニケーションを密にとりながら、地域がどんどん活気づいてきています。近頃は、商店街を巻き込んだ新たなグルメイベントを行うなど、商店街の人たちとも自然と交流が生まれ、家族のように和気あいあいとした商店街になってきているそうです。
商店街の端から端まで、ただ歩くだけなら10分もかからないかもしれません。しかし、人との出会いを楽しみながら、お店の歴史を伺ったり、想像を膨らませて歩くことで、この場所で脈々と受け継がれてきた暮らしに触れることができるのではないでしょうか。
森さんの目線で切り取られた竜馬通り商店街
ライター:乾和代
写真:岡安いつ美
取材:2020年2月
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記事を書いた人:ANTENNA
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ANTENNA
地域に根ざした世界中のインディペンデントな「人・もの・こと・場所」をおもしろがり、 文化が持つ可能性を模索するためのメディアANTENNAです。 https://antenna-mag.com/