ユネスコ無形文化遺産に登録される「和食」。京都には、和食を楽しめる場所が数多くありますが、やはりその最高峰といえば「料亭」ですよね。とはいえ、その楽しみ方やマナーなど、分からないことがたくさんあって、行きたいと思っても躊躇してしまう人が多いのではないでしょうか。
また、コロナ禍で、なかなかお店に足を運びづらい時期ではありますが、そんな今こそ次は料亭に行ってみたいと思っている方もいらっしゃるのでは。
そこで今回は、創業200年を超える京料理の老舗「近又」七代目主人の鵜飼治二さんに、料亭のいろはや魅力などをインタビュー。料亭についての素朴な疑問やマナーもちろん、楽しむために大切にしたいことをお聞きしました。次に京都に行くときには、料亭を通して、京都ならではの文化を体験してみませんか。
1.料亭に行く前の素朴な疑問あれこれ
今回は料亭の楽しみ方について、実際の流れをシミュレーションしながら、お話をお聞きしました。
そもそも、普段行き慣れていない人がいざ料亭に行こうと思ったとき、魅力や楽しみ方の前に、「どんな準備をすればよいか分からない」と、不安になるのはないでしょうか。もちろん、思い立ってすぐ行けるものでもありません。まずは、多くの人が気になる予約や服装などの基本的なことについて、教えていただきました。
1-1 予約はいつどうやって取ればいいですか?
鵜飼さん:一般的なお店と同じように普通に予約してもらえば大丈夫ですよ。お店によって異なりますが、うちの場合は電話かメールで予約を受け付けています。食材の準備などもあるので、3日前ぐらいには予約してもらえると有難いですね。
そして予約の際にこちらからもお聞きしていますが、苦手食材やアレルギーがある場合は必ず伝えてほしいですね。せっかく来ていただくのに、食べられないものがあるのは残念ですから。お祝い事なのか法事なのかなど、会食の目的を伝えておくのもいいですね。うちでは、お祝い事であれば食事(ご飯)をお赤飯に変えているのですが、そういったこと以外にも、目的が分かっている方がスムーズに対応できることもあります。これは余談ですが、最近はプロポーズに使われることもあるんですよ。プロポーズといえばレストランのイメージがあったんですが、最近は和食を選んでいただくこともあるようで、うれしいですね。
また最近は、お座敷でも椅子席を希望されるお客様が多いです。テーブルにするか座卓にするかはお客様に選んでもらっていますので、その希望も予約時にお聞きしていますよ。
2-2 服装で気を付けることはありますか?
鵜飼さん:服装に決まりはありません。とはいえ、短パンにサンダルはちょっと違うかな、と思いますが、正装しなければダメということもありません。
例えば、料亭は靴を脱いでお座敷にあがるのが一般的ですが、畳の部屋では靴下を履くのがマナーです。ストッキングを履かれている場合も、靴下を持参して玄関でさっと履かれている方を見ると、どんな服装をされているかではなく、それだけで「すてきな気遣いだな」と感じます。
何が良くて何がだめ、という決まりはありませんし、あえて服装についてお伝えするとしたら、「最低限のマナーは守りましょう」ぐらいなんですよ。
でもときどき、すごくドレスアップして来られる海外のお客様や、着物で来られるカップルの方もいらっしゃいます。もちろん、それが正解ということではないですが、お店に来ることをすごく楽しみにしてくださっているのだなと感じられて、やっぱりうれしいですね。
2.いざお店へ、楽しみは料理だけにあらず
予約を取ることができれば、いよいよ当日はお店へ。料亭の楽しみは料理だけではありません。最高のおもてなしの演出が詰まった料亭には、注目すべきポイントがたくさん。どこを見ればいいのか分からない、というビギナーさん向けに、いくつか見るべきポイントをご紹介します。
2-1 建物のしつらえ
鵜飼さん:うちの建物は、町衆が暮らしていた京町家をそのまま活用しています。いわゆる「うなぎの寝床」とよばれる細長い建物で、玄関を抜けて廊下を曲がったとき、廊下の奥に庭の緑が見えるんですが、外からでは分からないそういった眺めや、町家特有の造りを珍しがって楽しまれるお客様は多いですね。
敷地の広さだけ見れば、もう一部屋作ることもできたわけですが、昔の人は建物全体の風通しが良くなることを考えて、あえて庭のある建物を作ったわけです。
庭があることで建物に光や風を採り入れたり、夏は葭戸(よしど:すだれ入りの建具)を入れることで視覚から涼を感じたり、昔は当たり前だった京町家の姿をここでは感じてもらえると思います。
2-2 部屋の床の間
鵜飼さん: 床の間の掛け軸は毎月かけ替えていますので、お部屋に案内されたらぜひ見てほしいですね。今月(9月)であれば、中秋の名月に合わせて月が描かれたものを掛けています。
鵜飼さん:隣の部屋は、菊が描かれた掛け軸です。「菊の節句」とも呼ばれる9月9日の重陽の節句にちなんでこれも9月に掛けられますが、桃の節句や端午の節句と比べると、最近はあまり知られていないかもしれませんね。
掛け軸と聞くと難しいイメージがあるかもしれませんが、例えば、この掛け軸を見て、「どうして菊?」と聞いてもらえれば、節句についてのお話ができますよね。些細なことでも構いませんので、なんでも気軽に聞いていただければ、より深い楽しみ方ができると思います。そして疑問に感じるためには気付くことが大切ですから、いろんなものをよく見ていただきたいですね。
2-3 お庭の眺め
鵜飼さん:お庭があるお店であれば、その眺めや季節ごとの表情を楽しみたいですね。うちのお庭でいうと、比叡山を模した石が奥に配されていて、そこから水が流れてくる光景をイメージして作られています。見る角度によっても表情が違って、横から見るとワイドな眺めですが、縦から見ると奥行を感じることができます。
鞍馬の赤石が使われているとか、二段垣で雨を表現しているとか、一つ一つに意味があるので、これも「あれは何ですか?」といった具合に、素朴な疑問でもどんどん聞いていただきたいですね。
鵜飼さん:また最近は、お座敷でもテーブルと椅子を用意することがほとんどですが、お庭も床の間も、本来は座敷に座った目線の高さで見るように作られているもの。少しだけでも、座敷に腰を下ろしてお庭や床の間を眺めてみれば、本来の日本の文化を感じられるかもしれません。
2-4 料理や器から感じる旬とおもてなしの心
鵜飼さん:和食は、料理や器で季節感を表現していますが、なかでも椀物はそれが分かりやすい一品かもしれません。お椀は月々変えていますので、そのお椀が登場するのは年1回、1ヵ月間だけ。1ヵ月使えば次に使うのはまた来年、ということになるわけです。
例えば、9月の椀物には菊のお椀を使って、月を模した玉子豆腐、夏の名残りハモを組み合わせています。細い芽ねぎは月に寄り添うススキですね。そんな風に、一つの椀物でもいろんな物語があって、料理と器の組み合わせはお店のセンスが現れるところです。
そういった部分をより楽しむために、食材のことでも器のことでも、やっぱりなんでも気軽に聞いてもらうのが一番ですね。どうしてこの食材を使っているのか、その食材と京都にはどんな関係があるのかなど、いろんなお話をさせていただくきっかけになると思います。
鵜飼さん:みなさん、椀物が出されたときに、お椀の表面が濡れているのを見たことはありませんか? お客様からも「どうして?」と聞かれることがありますが、これは清涼感の演出や、蓋をして誰も手をつけていないことを意味しています。細かな演出にも意味があるので、「どうして?」と思ったら、恥ずかしがらず聞いてくださいね。
3.お食事のあとのふるまい
料理におもてなし、建物やしつらえ、お庭の眺めなど、その魅力をたっぷり楽しんだあとの気になるお支払いについても教えていただきました。
鵜飼さん:全然難しく考える必要はありません。仲居さんに「お勘定お願いします」と言っていただければ大丈夫ですよ。最近はカードが使えるお店が多いですし、うちでもお客さんのほとんどはカードを使われますね。気になる場合は、予約のときにカードが使えるかお店に確認しておくといいと思います。
4.料亭を楽しむために…マナーよりも大切なこと
ご主人のお話に何度も出てきたのが、「なんでも気軽に聞いてください」ということ。料亭というと、どうしてもマナーが気になりますし、分からないことがある状態で料亭に行くなんて、それこそマナー違反?と思ってしまいますが、大丈夫なのでしょうか。
鵜飼さん:もちろん、マナーを知っているに越したことはないですし、食事をするわけですからきれいに食べる方が気持ちいいですよね。でも基本的なマナーなんて、いまどきネットで調べればいくらでも出てくるわけですから、心配であれば前知識としてそういったものを見ておくぐらいで大丈夫です。
うちに来られる方でも、特に若い方は緊張感をもって来てくださることが多くて、とても有難いことではあるのですが、本来食事というのは楽しいものですから、料理はもちろん、空間やしつらえなど、いろんなことをもっとリラックスして楽しんでほしいですね。
自分自身のマナーにこだわりすぎるよりも、玄関に入ったらお香のいい香りがするなとか、床の間のお花がかわいいなとか、そういったお店の趣向やおもてなしに「気付く」ことが大切で、気付きが多いほど同じ時間でも深く楽しんでいただけると思います。靴の脱ぎ方をどうするとか、そんな細かいことはいちいち心配しなくて大丈夫ですよ(笑)。
鵜飼さん:いろんなことに気付けると、「これは何だろう?」と疑問がわいてきますよね。お客さまのお邪魔にならないよう、お店から必要以上にベラベラお話しするようなことはありませんので、ぜひ気軽に聞いてもらえればと思います。そうすればこちらも色んなお話ができますし、楽しみはさらに深くなるはずです。
例えば、茶道なんかは、そういった“気付き”の極みの世界だと思います。掛け軸やお花を見たり、その場の空気を感じたり、そういったことを繰り返すなかで、いろんなことに気付く力というか、教養が自然と身についていくのだと思います。
もちろん、料亭に行く前に茶道を習いましょう、ということではないですよ(笑)。でも現代の生活は、食べ物の季節感がなくなっていたり、無機質な風景が増えていたり、いろんなことに気付く機会が減っているように思います。だからこそまずはやっぱりいろんなことに興味を持つことが大切。京都の文化を五感で味わう場所として、料亭に来ていただくのもいいかもしれません。
マナーにとらわれすぎず、「五感で楽しもう」という素直な気持ちで来ていただければ、私たちもその期待に応えたいと思いますし、美しい日本の文化をより深く感じられると思います。
懐石 近又
享和元年(1801年)に創業。「京の台所」とよばれる錦市場のそばに店を構え、典型的な町家の建物は、国の登録有形文化財に登録される。1階店内には、趣向の異なる料理を供するカウンター席の「近また」も。
住所:京都市中京区御幸町四条上ル
アクセス:地下鉄「四条」駅から徒歩10分
電話:075-221-1039
ホームページ:https://kinmata.com/top.html
今回は「懐石 近又」のご主人・鵜飼さんに、料亭の楽しみ方や魅力を教えていただきました。料理はもちろんですが、季節によって替わる器や床の間のお花、行き届いたおもてなしなど、料亭の魅力はひとつではありません。
マナーや作法などの前知識も重要ですが、小さなことでも「素敵だな」と感じたり、「これは何だろう?」と疑問に思ったり、まずは素直な気持ちで興味を持つことが大切だと分かりました。
これまでなかなか行く勇気がなかったという人も、次に京都を訪れる時には、料亭デビューをしてみませんか。分からないことがあっても、五感を使って楽しもうという気持ちがあれば大丈夫。初めての人でも温かく迎えてくれますよ。
※取材・編集:JTBパブリッシング
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取材をした人:鵜飼治二(うかいはるじ)
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懐石近又七代目主人・総料理長。商人宿として創業した「近又」が、食事のみの提供を始めたのは治二さんの代から。京野菜をはじめ、季節の素材の持ち味を生かした料理や、一期一会のおもてなしを伝え続ける。食育にも力を入れ、小学校などで講義をすることも。同志社女子大学の生活科学部食物栄養科で嘱託講師として教壇にも立つ。
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この記事を書いた人:るるぶ編集部
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全国各地の「見る」「食べる」「遊ぶ」を徹底的にガイドした旅行情報誌『るるぶ』の編集部です。神社仏閣やグルメ、おみやげ、話題のニュースポットなど、京都のお出かけにかかせない情報を幅広く網羅。旅行者はもちろん、地元の方にも役立つ情報を日々チェック!