美術館からカフェまで多彩! 近代建築の宝庫・京都を巡ろう

 

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明治期以降に建てられた洋風建築やモダン建築などが数多く残る京都。今回は美術館やカフェなど、誰でも利用できる近代建築の見どころを、京都市文化財保護技師の石川祐一さんに伺いました。

また2021年11月から12月にかけて、京都市内では近代建築の特別公開や展覧会などが行われています。そちらもぜひチェックしてみてくださいね。

1.「近代建築の宝庫」京都

歴史ある建物というと寺院や町家といったイメージが強い京都ですが、実は歴史的に価値の高いレトロな近代建築もあちこちに残されています。

京都は幸いなことに明治期以降、災害や戦争などの大きな被害を受けなかったため、まさに「近代建築の宝庫」なのです。

今回は、近代建築やその見どころを、美術館やカフェなど一般の人も気軽に利用できる場所の中から、京都市文化財保護技師の石川さんに教えていただきました。

2.和と洋をつなげた“日本趣味”の「京都市京セラ美術館」

――最初に紹介いただくのは、昭和8年(1933年)に創建した「京都市京セラ美術館」(京都市美術館)について。まずはその概要を教えてください。

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撮影:来田猛

石川さん:「京都市京セラ美術館」は、昭和の御大礼を記念し「大礼記念京都美術館」として建てられた美術館で、京都市の近代史のなかでも非常に重要な建物のひとつです。当時から、美術館のある岡崎公園は風致地区になっていたので「周辺の環境に配慮して、“日本趣味”の意匠とする」ということを条件にコンペが行われ、前田健二郎の設計案が採用された建物です。

「日本趣味」とは戦前に流行したデザインのことで、その一番の特徴は“和と洋のドッキング”です。当時、東京国立博物館本館や名古屋市庁舎など、同様のデザインの建築物がたくさん造られましたが、なかでも大礼記念京都美術館は大変完成度が高く、全体が調和するようにまとめられています。当時の人が「日本らしさ」をどのようなデザインで表現しようとしたのか、それを考えながら見てみるとおもしろいと思います。

<2-1>ここがポイント① 勾配している日本風の屋根

――設計やデザインについて、見るべき具体的なポイントはどういったところでしょうか。

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石川さん:「日本趣味」の特徴が一番わかりやすいのは屋根です。美術館の屋根は勾配のある和風のデザインで、銅板を使用して瓦葺き風にした屋根がかかっています。でも建物の下の部分だけ見ると近代建築ですよね。近代建築の上に和風の屋根をのせる、というのが当時の「日本趣味」の定番の手法です。

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石川さん:ほかにも、外観の装飾をよく見ると、近代的なデザインにも見えるし、寺院の建物に使われている組物のようにも見える。ここにも和と洋を合わせた「日本趣味」の特徴がよく表れていると思います。

窓の上にも、寺院の蟇股(かえるまた)のような装飾(写真丸枠内)が使われています。近代建築では勾配屋根は構造上必要ないもので、外観のデザインが目的です。

<2-2>ここがポイント② 自然光を採りこんだ展示室(ホール)

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撮影:来田猛

石川さん:建物内部で注目したいのが、現在、中央ホールになっている吹き抜けの空間です。以前は大陳列室として使われていた空間ですが、高さが16mもある天井を見上げると、明かり窓が造られているのが分かります。つまりこの室内は、自然光で展示する方式だった、ということです。

現在は、美術館や博物館の展示室に自然光を使うことはほとんどないので、そう考えると、とてもユニークな造りになっています。ここは、当時の現代美術を展示する美術館で、自然光展示が一般的でした。時代を経るにつれ、窓をふさいで照明で展示するようになっていったのだそうです。

<2-3>ここがポイント③ メモリアルな要素を重視した空間

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撮影:来田猛

石川さん:大理石を使った質の高い仕事が残る階段や貴賓室などは、この美術館のシンボリックな空間です(※貴賓室は通常は非公開)。現代設計では、まず機能性を考えることから始まりますが、戦前の美術館や博物館の建物は、第一に、威厳のある外観や空間であることが重要でした。

御大礼記念という一大イベントだったことから、特にメモリアル的な要素が重視されたでしょうし、それが空間に表れていますね。そして、外観と同様に内部にも和と洋のデザインの組み合わせが見られます。

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撮影:来田猛

石川さん:中央から立ち上がっていくようなシンボリックな階段は、もともと日本の建築にはない建築様式ですが、親柱のデザインは寺院風です。また天井は、二条城二の丸御殿などに代表される升目に組まれた格天井(ごうてんじょう)。格天井は日本建築で一番格式の高い天井ですが、そこにステンドグラスがはめられていて、まさに和と洋のミックスを体現したような空間になっています。

<2-4>ポイント④ リニューアルで生まれ変わった中庭空間

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撮影:来田猛

石川さん:また美術館は2020年に通称を「京都市京セラ美術館」として大規模リニューアルしましたが、そのときに新たに生まれ変わったのが本館内2カ所の中庭です。(写真は南回廊の天の中庭※有料ゾーン)

リニューアルにあたっては、「オリジナルの良さを残しつつリノベーションする」という趣旨のコンセプトが掲げられ、重要で魅力ある空間や設えは変えず、戦後改変されたところは元に戻すように計画されました。中庭の空間のリニューアルもその一つで、建築物としての魅力がとても向上したと思います。

3.すばらしい近代建築はほかにも!

――美術館以外にも、京都には近代建築がたくさんあります。誰でも利用できるホテルやレストラン、カフェのなかから、おすすめを教えてください。

<3-1>全国有数の本格的な洋館「長楽館」

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石川さん:明治42年(1909年)に建てられた「長楽館」は、明治期の洋館として全国的に見ても大変質が高いものです。設計はアメリカ人の著名な建築家J.M.ガーディナー。キリスト教伝道のために来日したミッション建築家で、もともと教会や牧師館などを設計していました。

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写真:長楽館

石川さん:長楽館は「煙草王」と呼ばれた実業家・村井吉兵衛が「京都に迎賓館を造る」という目的で建てられました。客人をもてなすための部屋がたくさんあり、ロココ調の「迎賓の間」をはじめ、それぞれが違う様式なのが大きな特徴です。

西洋風だけではなくて、元喫煙室は、イスラム風に造ったあと中国風に改装されました。3階には茶室や書院造の和室もあります。世界中のあらゆるデザインを取り入れた建築なので、ぜひ空間ごとの違いや細部に注目してみてください。

長楽館

円山公園内に建つ明治期の洋館。現在はホテル、レストラン、カフェとして多くの人を迎えている。

住所:京都市東山区八坂鳥居前東入円山町604

アクセス:市バス「衹園」から徒歩5分

電話:075-561-0001

ホームページ:https://www.chourakukan.co.jp/

<3-2>モダンな楽しみが詰まった「東華菜館」

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石川さん:こちらは現在中国料理店として営業する「東華菜館」です。建物は大正15年(1926)に、有名なヴォーリズ建築事務所が設計しました。創業時は「レストラン矢尾政」という、元々カキ料理店から始まった西洋料理店だったので、建物の壁などに魚介類をモチーフにした装飾が使われているのが特徴的ですね。

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石川さん:建物がある四条大橋のたもとは、南座などの芝居小屋や料理旅館などが集まる賑やかな場所で、まさにこのレストランも、遊興のための飲食施設だったことが分かります。当時では目新しいビアホールが付いたレストランで、華美な装飾が“楽しむための空間”を演出していると思います。

この建物のデザインはヨーロッパのデザインのなかでも特に装飾的な「スペイン風のバロック」をベースとしているのですが、それを遊興の空間にうまくはめこんだように感じられます。

東華菜館

昭和20年(1945)創業の老舗中国料理店。北京料理を中心としたコースや一品料理を提供。

住所:京都市下京区四条大橋西詰

アクセス:阪急電車「京都河原町」駅から徒歩すぐ

電話:075-221-1147

ホームページ:https://www.tohkasaikan.com/

<3-3>文化サロン的歴史を残す「フランソア喫茶室」

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石川さん:最後に紹介するのは、昭和初期に創業した「フランソア喫茶室」。実は町家建築を洋風に改造した建物です。外観をモルタル仕上げにしたり、ステンドグラスを嵌めたりして洋風に見せているのですが、そういう建物を「看板建築」と呼んでいます。昭和初期には、そのような例がたくさんあり、フランソア喫茶室もその一つで、恐らく明治に遡るような町家を昭和16年(1941)に改装しています。

内観の大きな特徴は、店内中央のドーム型の天井です。元は何もなかったこの空間を演出するため、ドーム型の木枠に天井材を貼って西洋風な意匠を表現しています。映画のセットのような見せるための仕組みです。見ることはできませんが、2階には和室も残っているんですよ。

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石川さん:創業時のフランソア喫茶室は藤田嗣治や宇野重吉といった多くの文化人が集うサロンでした。戦前の喫茶店でそういった歴史を示す建物が今も残っていることも大変貴重だと思います。

建物のデザインも、創業者の立野正一が、京都大学(文学部印度哲学科)に留学していたイタリア人のアレッサンドロ・ベンチベニという人に頼んで設計したそうです。店内のステンドグラスも文化サロンの仲間だった画家の高木四郎に頼むなど、サロンの人脈を集って造られたという点もおもしろいですね。

フランソア喫茶室

重厚感ある建物は国の登録有形文化財。クラシック音楽が流れる落ち着いた空間でカフェタイムを。

住所:京都市下京区西木屋町通四条下ル船頭町184

アクセス:阪急電車「京都河原町」駅から徒歩すぐ

電話:075-351-4042

ホームページ:https://www.francois1934.com/

石川さん:ひと口に「近代建築」といっても、時代や用途によって多様な形式が見られます。例えば、明治期は西洋の伝統的な建築様式を日本人が学習していた時代。それが大正期には、日本人も世界に誇るような西洋建築を造れるレベルに達してきたので、さらにモダンデザインを取り入れ、新しい建築に挑戦する風潮になっていきました。

昭和初期には、鉄筋コンクリート造をはじめとする新しい建築が普及して機能主義的な建物が出てくる一方、「日本らしさ」とは何かを追求した、ナショナリズムを表現しようとする京都市京セラ美術館のような建物も出てきます。1930年代には、装飾を極力排除した「モダニズム」の建物が増え始め、戦後はそれが流行し主流になっていきました。そういった流れを少し知って近代建築を見ると、より楽しめると思いますね。

4.近代建築に関する特別公開と展覧会をチェック

現在、京都市京セラ美術館で、開館1周年記念展「モダン建築の京都」を開催しています。さらに連携企画として、京都市観光協会では通常非公開の建築物を公開する「秋の特別公開」を実施。美術館の鑑賞と実際の建築空間を一緒に楽しんでみませんか。

「秋の特別公開」と「モダン建築の京都」展は、チケットの相互呈示により、特別料金での鑑賞が可能です。どちらから行っても大丈夫ですので、ぜひチェックしてください。

<4-1>貴重な建築物を特別公開!

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「近代建築」をテーマに、通常非公開の建築物を特別公開。公開されるのは、赤レンガ造りの外観が特徴的な「本願寺 伝道院」(重文)、衹園祭の鉾をモチーフにした「大雲院 祇園閣」(国登録有形文化財)、豪商・三井家の旧別邸「旧三井家下鴨別邸」(重文)の3カ所です。

旧三井家下鴨別邸は、普段も公開されている建築物ですが、期間中には通常非公開の母屋2階・3階望楼も公開されます。

令和3年度「秋の特別公開」

●本願寺 伝道院

2021年11月19日(金)~12月5日(日)※12月3日(金)は休止

時間:10時~16時30分(16時受付終了)

●大雲院 祇園閣

2021年11月19日(金)~12月6日(月)

時間:10時~16時30分(16時受付終了)

●旧三井家 下鴨別邸

2021年11月18日(木)~12月7日(火)※水曜休館

時間:9時~17時(16時30分受付終了)

ホームページ:https://ja.kyoto.travel/event/single.php?event_id=5405

<4-2>京都市京セラ美術館開館1周年記念展「モダン建築の京都」

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近代建築の宝庫である京都を「生きた建築博物館」に見立てた、同館初となる大規模建築展。明治期以降に建てられた「モダン建築」の原図面や、創建当時の写真、個性的な家具など、さまざまな資料が展示されます。

京都市京セラ美術館開館1周年記念展「モダン建築の京都」

2021年9月25日(土)~2021年12月26日(日)※月曜休館

時間:10時~18時(入場は17時30分まで)

アクセス:市バス「岡崎公園 美術館・平安神宮前」から徒歩すぐ

ホームページ:https://kyotocity-kyocera.museum/

※オンラインでの「事前予約優先制」を導入

 

※取材・編集:JTBパブリッシング

 

取材をした人:石川祐一(いしかわゆういち)

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京都市文化市民局 京都芸術都市推進室 文化財保護課 建造物係主任。京都市文化財保護技師、博士(学術)。近代建築史や住宅史を専門とし、著書に『近代建築の夜明け-京都熊倉工務店・洋風住宅の歴史-』『京都の洋館』など。京都市京セラ美術館『モダン建築の京都』展ではアドバイザーを務める。

この記事を書いた人:るるぶ編集部

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全国各地の「見る」「食べる」「遊ぶ」を徹底的にガイドした旅行情報誌『るるぶ』の編集部です。神社仏閣やグルメ、おみやげ、話題のニュースポットなど、京都のお出かけにかかせない情報を幅広く網羅。旅行者はもちろん、地元の方にも役立つ情報を日々チェック!

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