
会長 野村ひろみさん(右)
社長 室井麻依子さん(中央)
下垣絢子さん(左)
京七宝の魅力を世界へ。
伝統工芸を継承する誇りとやりがいを持って作品作りに邁進
―会長 野村ひろみさん
長い歴史を持ち、繊細な輝きを放つ京七宝。その妙なる魅力を多くの人に届けようと、京七宝の制作と販売を行うヒロミ・アート。色とりどりの作品が作り出される工房には、熟練の職人に加え、未経験から技を磨き上げたスタッフの姿も。悠久の歴史を持つ京都で伝統工芸に関わる喜びを感じながら、京七宝の技術を後世へとつないでいこうとしています。
1000年以上の歴史がある七宝の制作に込める思い

八坂神社や清水寺などの観光スポットへのアクセスも良い東山エリアにあるヒロミ・アートの店舗兼工房。美しい京七宝のアクセサリーやキーホルダーが通りを行き交う人たちの目を引きます。ヒロミ・アートは1970年に会長の野村ひろみさんが嵐山で創業し、嵐山に工房を、東山に店舗兼工房を構えています。 スタッフのほとんどが、京七宝の職人であり、自ら販売も手掛けています。
「七宝は金属の素地にガラスの釉薬(ゆうやく)を焼きつけて装飾した伝統工芸です。起源は紀元前のエジプトまで遡り、日本ではじめて発見されたのは飛鳥時代。安土桃山時代末期から江戸時代初頭頃には国内で七宝が産業として制作されるようになり、社寺の襖の引手や釘隠しとして使用されてきました。1000年以上、大切に紡がれてきた七宝のすばらしい技術や歴史を途絶えさせたくないんです」。未経験から京七宝の世界に飛び込み、作品を作り続けてきた野村さんは、制作にかける思いをこう語ります。
メインの制作を嵐山で行い、当初は販売だけの予定であった東山にも小さな工房を構え、店舗に。京七宝を身近に感じてもらえるよう、東山の店舗では商品の販売だけでなく、オリジナルアクセサリーを作る京七宝体験なども行っています。
「店舗は京七宝と人々をつなぐ場でありたいと考えています。京七宝体験では、アクセサリーを作る過程で、繊細な色みや光沢感、制作工程の奥深さなど、京七宝の魅力がより伝わると感じています。遠方や海外のお客様がご来店くださることも多く、京都の思い出の一つになってくださっているようです。また、作品に触れたり、ご購入いただくだけでなく、京七宝の魅力や歴史について知っていただく。今でも神社仏閣など、京都のまちなかで京七宝の姿が見られることを伝えると驚かれます。京七宝に親しみを持ってもらえるきっかけとなればうれしいです」
制作と販売の両方で京七宝の魅力を伝える
創業当時から、職人が制作と販売の両方を行うことをポリシーとしてきたと野村さんは言います。
「自分で作ったものを責任もってお客様に販売する。商品の良さを一番わかっているのは作り手です。お客様に商品の魅力を自分の言葉で伝えてお客様に喜んでご購入いただけたらうれしいですよね。次の作品づくりに活かしていくことが大切だと考えています」
スタッフの特性も踏まえて、販売に特化したスタッフを育成することもありますが、制作と販売の両方を担えるのは現在3人。

「ほとんどが未経験からのスタートです。HPなどでスタッフを募集しているわけではないので、京七宝に興味のある人が弊社を見つけて、電話をかけてきてくださいます。その分、向上心があって意欲的な方が多いですね。学ぶ姿勢があれば、こちらもそれに応えたいと思っています」と野村さん。
土台を作って下焼きをし、線をつけて色付けをするなど、京七宝には大きく分けて6段階の制作工程がありますが、その一つひとつの手順を先輩が丁寧に指導。さらに、機会があれば社外の職人のもとで技術を学ぶチャンスも用意されています。
「金属の素地の上にテープ状の金属線を立てて輪郭を作り、釉薬(ゆうやく)で色を乗せる技法のことを『有線七宝』というのですが、有線に特化した数少ない職人が京都におられます。京都ならではの歴史ある伝統技法を学んでおくことは、とても意義があること。技術の向上には地道な努力が必要にはなりますが、その技術を学ぶ機会は積極的に提供しています」
作り手の個性を武器に世界へ羽ばたく

ヒロミ・アートが大切にしているのは作り手の個性。入社してまず作るのは、店舗でよく売れる定番のデザインです。慣れてくると自身のオリジナル商品を制作できるようになるそう。
「言われた通りのものだけを作るのではなく、スタッフそれぞれの個性が発揮できるといいなと考えています。私では考えつかないようなすばらしい感性を持っているんですよ。真似ることは学ぶうえでとても大事なことですが、自分のやりたいことをどんどん自由に表現していってほしいですね。個人のアイデアの多彩さが、京七宝の魅力をより高め、世間に広く知られるきっかけになるのではと考えています」
それは働き方においても同じ。スタッフが働きやすい環境を用意できるようにしています。
「家族の介護をしながら時短勤務をしているスタッフもいます。本人のやりたい気持ちを尊重し、長く働けるように、状況に合わせた柔軟な対応をしています。技術を習得したスタッフができるだけ続けられるような環境を作っていきたいと思っています」
そして、ヒロミ・アートが見つめるのは世界です。
「京七宝のすばらしさを私たちの手で後世へとつないでいく重要な役目を担っていると思っています。スタッフ各自がまず基本的な技術をマスターしながら作りたいものを次々に作り続けていくなかで、すばらしい作品を作る人物が現れるのではないかと信じています。ヒロミ・アートから世界へ京七宝の魅力を届けていきたいと思います」
京七宝への強い思いがつないだ伝統工芸の職人になる道

―社長 室井麻依子さん
―下垣絢子さん
思い切って電話したことで、道が開いた就職先

大学では美術を専攻し、金属工芸について学ぶなかで七宝の奥深さを感じ、卒業後にヒロミ・アートに入社した室井麻依子さん。入社11年目を迎え、自身の作品づくりだけでなく、指導する側としても研鑽を重ねています。伝統工芸に携わることができる就職先を探すのは苦労もあったと振り返ります。
「伝統工芸のものづくりをしている会社は、当時はホームページを持っていないことが多く、募集情報をキャッチするのが難しかったです。ですが、大学の先生と会長の野村が知り合いだったことから、就職先の一つとしてヒロミ・アートを紹介してもらいました。募集はされていないようでしたが、思い切って連絡してみることに。ありがたいことに面接をしてもらうことができ、入社。大学で制作経験があったことから、入社時から商品作りに携わることもできました」
未経験から職人の道へ。
家族の介護と両立して働き、技術を磨き続ける

一方、未経験から京七宝の世界に飛び込んだのは下垣絢子さん。栄養士の学校に通い、京七宝とは無縁の業界で働いていたそう。ところが、ある出会いをきっかけに京七宝の魅力に引き込まれていきました。
「みやこめっせで展示されている作品のなかに野村のものがあって、それを見たとき衝撃を受けました。その繊細な輝きがあまりに美しく……。ものづくりが昔から好きだったこともあり、自分でもやってみたいと思いました。こんなふうに何かに挑戦してみたいと強く思ったのは、京七宝がはじめて。勇気をふり絞って電話をしてみると、お話の機会を設けていただけました。京七宝への強い想いが伝わったのか、快く受け入れてもらえ、入社できることに。とてもうれしかったです」

入社後は、野村さんをはじめ、社外の職人からも京七宝の技術を学ぶ機会を得た下垣さん。教わったことを繰り返し実践しますが、最初はなかなかうまくいかず、改めて職人の技術のすごさを実感したのだそう。
「色を付けて焼く工程があるのですが、当初は思った通りの色にならず、苦戦。理想の色を出すまでに時間がかかりました。さらに、どうやったら味わいや深みが出るのかなど、細かく追求していかなければなりません。わからないことはその都度教えていただき、実践しながら日々技術を磨いています」

その後、体調を崩し、やむなく3年近く休職されたそうです。復帰した現在は、家族の介護をしながら15時までの時短で勤務されています。
「家族の介護をしていて、急な体調の変化があると帰らなくてはいけないのですが、そんなときでもスタッフの皆さんが気持ちよく送り出してくれて、感謝しています。スタッフに寄り添ってくれる会社だと感じています。休職後、復帰を決めたのも皆さんに恩返しをしたいという気持ちからでした」
自分がデザインした商品がお客様のもとに届く喜び。
その責任がやりがいに

室井さんがヒロミ・アートで働くことの魅力だと感じているのは、スタッフにデザインを任せてくれるところだと話します。
「もちろん店頭に出るまでに野村の厳しいチェックがありますが、個人の感性や自由な発想を大切にしてくれるんです。ここまでスタッフを信頼して任せてくれるところは珍しいと思います。そのうえで、“売れる商品”を作らなければなりません。入社から間もないときは、自分の作品が店頭に並ぶことに怖さを感じることもありましたが、京七宝の魅力を伝える一端を担っているという責任感と喜びが生まれ、今ではやりがいに変わっています」
東京から京都に来て11年になる室井さん。この仕事をするうえで、京都で働けていることがとても強みだと感じているそう。

「京都には昔からあるものを大切にしようという精神が深く根付いていると思います。古い建物が今も残り、伝統工芸が暮らしのなかに溶け込んでいます。意識しなくても歴史を身近に感じることができるのは、京都ならでは。そして、すばらしい感性や技術を持った人たちもたくさんおられます。制作するうえでヒントをいただくことも。常に刺激をもらえる場所です」
今後は京七宝を担う若手が現れてくれることを望んでいるという室井さん。
「京七宝に興味がある大学生や若手の方に出会いたいです。京七宝を知らない人も多いと思いますので、京七宝体験や京都府外のイベントへの出店などを行っています。 またSNSで作品の紹介や京七宝体験で作られた作品を掲載するなど、知っていただく機会を増やせるように努力しています。京七宝の魅力が伝わるよう、継続して取り組んでいきたいです」

下垣さんも伝統工芸に携わる喜びを、日々感じていると話します。
「京都にはさまざまなすばらしい伝統工芸があり、その道を極めた職人の方がたくさんおられます。身近にそういう人たちがおられることで、自然と身が引き締まる感じがするんです。自身の技術向上へのいい刺激をもらっています。また、伝統工芸に関われていることがいまだに信じられないくらいうれしいです。美しい京七宝に囲まれ、作ったものが店頭に並び、目の前で手に取っていただけること。さらには、商品を気に入って、ご購入くださったときは本当に感激しました。日本各地だけでなく海外からもお客様が訪れ、京都の良さをもっと知りたいと、京都に期待してくださっているのを感じます。京七宝の奥深さや魅力を、自身の作品や言葉を通して、これからも多くの人に伝えていきたいです。そして、私には夢があります。大好きな相撲をモチーフにした作品を作ることです。いろいろチャレンジさせてもらえる環境があるからこそ持てた夢です。これからも努力を続けていきます」

3人の会話―――
野村さん―
京七宝の魅力を伝えようと、スタッフがとても頑張ってくれています。
室井さん―
それぞれの個性を発揮して、やりがいを持って仕事に取り組める環境のおかげです!
下垣さん―
未経験でも伝統工芸に関われる会社に出合えて、本当によかったです。
野村さん―
スタッフの努力あってこそ、すばらしいもの作りができています。京七宝をぜひ、多くの方に知っていただきたいです。
▼京都で働きたい人と観光事業者をつなぐメディア「京都観光はたらくNavi」
https://job.kyoto.travel/
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記事を書いた人:株式会社文と編集の杜

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京都で活動している編集・ライティング事務所。インタビュー、ガイドブック、書籍などジャンルを問わず、さまざまな「読みもの」に携わっている。近年は、ライティングに関するイベントの開催も。
https://bhnomori.com/


