京都三大祭のひとつである「祇園祭」。テレビで豪華絢爛な山鉾が巡行するシーンを観たことがあるという方もいるかもしれません。でも、祇園祭の歴史や起源、山鉾巡行の意味についてはあまり知らない……という方も多いのではないでしょうか。
祇園祭の本質を知れば、その楽しみ方も一層奥深いものになるはず。
今回は、京都関連の講演やツアーで日々、京都の魅力をさまざまなかたちで発信する、らくたび・若村亮が祇園祭についてたっぷりとご紹介します。
- 1. 祇園祭ってどんなお祭り?
- 2.山鉾って何?
- 3.山鉾巡行の本当の意味と、神輿渡御って?
- 4.山鉾でご利益めぐりができるって本当?
- 5.京都の人にとって祇園祭とはどんな存在?
- 6.おすすめの祇園祭の過ごし方って?
1. 祇園祭ってどんなお祭り?
―祇園祭は、葵祭・時代祭と並ぶ京都三大祭のひとつですね。
若村:京都三大祭の中でも祇園祭は最も長い期間行われるお祭りで、祇園祭は7月1日から31日まで、1ヶ月に亘って行われています。
―え!1ヶ月間もですか?
若村:そうです。テレビでよく取り上げられる山鉾巡行だけでなく、1ヶ月間に亘って様々な神事や祭事が執り行われるのですが……この辺りをお話しするには、祇園祭の成り立ちからお話しした方がよさそうですね。
―ぜひお願いします!
若村:そもそも祇園祭は八坂神社のお祭りで、疫病退散を願って始まりました。貞観11年(869年)に全国的に大流行した疫病が治まるよう、当時の人たちは、八坂神社の御祭神・素戔嗚尊(すさのをのみこと)と同一視された牛頭天王(ごずてんのう)を祀って「祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)」を始めますが、これが現在の祇園祭の起源だと伝わります。当初は疫病が流行った年などに行われていましたが、天禄元年(970年)からは毎年行われるようになりました。
若村:室町時代に商工業で力を得た町衆の手によって山鉾行事が行われるようになると、次第に祭りの規模は大きくなっていきます。豪華絢爛で盛大な祭りへと発展して、皆さんもよく知る山鉾が都大路を巡行するようになりました。そんな中で、様々な神事や祭事が執り行われるようになり1ヶ月に亘るお祭りとなっていきました。
―なるほど!神社のお祭りに町衆も関わるよう変化し、1ヶ月も続く壮大なお祭りとなったのですね。
2.山鉾って何?
―山鉾のこと、あまり分かっていないのですが……。
若村:「山鉾」とひとつの単語として話されることが多いですが、「山」と「鉾」の2種類があります。「山」と「鉾」には違いがあり、簡単な見分け方としては、てっぺんに金属の飾りが付いていれば「鉾」、松や杉の樹木が付いていれば「山」。ただし、例外もあります。
―山鉾は何のために存在しますか?
若村:どちらも「依り代(よりしろ)」としての役割があります。依り代とは、神霊が現れるときに宿ると考えられているもので、先が尖っていてキラキラ輝くものに神様が宿りやすいことから「鉾」が、山岳や山頂の岩や木を依り代として天から神が降臨するという考え方から「山」が誕生し、疫病をもたらす疫神を集めて清め祓うとされます。
―どちらも神様が宿る場所なのですね。
若村:そうですね。祇園祭の中でも12~17日は前祭、18~24日は後祭と呼ばれます。前祭では23基、後祭では11基のそれぞれ異なる山鉾が登場します。山や鉾を建てる「山鉾建て」から始まり17日の前祭・山鉾巡行、24日の後祭・山鉾巡行でハイライトを迎え、前祭と後祭では巡行のルートも異なります。いずれもが山鉾町と言われる各町内によって守られており、山鉾建ても、各町内の人たちの手で行われています。
―あの大きな山鉾を町の人たちで建てているとは驚きですね。
若村:釘を使わず縄だけで組み立てる「縄がらみ」という伝統の技は見応えがあります。山鉾を建てる姿を眺めていると、京都の人たちの心意気が伝わってくるようです。
―山鉾は巡行の時、建物などにはぶつからないのでしょうか?
若村:大型の鉾になると高さが約25mもありますので、信号機が邪魔になったりします。そのため、巡行直前に信号機は90度回して格納しています。明治の頃には電力会社の職員が電柱に登って電線を切断し、山鉾が通過した後に急いで復旧工事をする……なんてこともあったそうですよ。
―それは大変!今では京都のまち全体が巡行に備えられるようになっているわけですね。
3.山鉾巡行の本当の意味と、神輿渡御って?
若村:ちなみに山鉾は、前祭は17日、後祭は24日にそれぞれ巡行しますが、一体何のために巡行すると思いますか?
―え!皆に山鉾の姿をお披露目しているのでは……?
若村:そう思うほど山鉾は豪華絢爛ですよね。
実は17日・24日ともに山鉾巡行が行われた日の夜に、祇園祭の大事な神事である「神輿渡御」が行われます。神様を疫神に溢れた町へお迎えするわけにはいきませんから、この「神輿渡御」の日のお昼に、疫神を集めて町を清めます。それが、山鉾巡行の役割です。
そのため、巡行を終えた山鉾は、町内に戻るとすぐに解体されます。
―えぇ!せっかく建てたのに!?
若村:たしかに飾っておきたい気持ちにもなりますが、そうするとせっかく鉾や山に集めた疫神がまたふわふわと町中に広がってしまいますから、巡行を終えた山鉾はすぐに解体することで、疫神を清め祓うことになります。
―そうだったのですね!ところで「神輿渡御」についてもう少し教えてください。
若村:前祭・山鉾巡行が終わった17日の夕刻には「神幸祭」が行われ、八坂神社から神様を遷した3基の神輿が町を回り、最後には四条寺町にある御旅所に到着します。それから24日までの間、神輿は御旅所に祀り、24日の後祭・山鉾巡行が終わったあと、また神輿が町を回って八坂神社に戻り、「還幸祭」が行われます。
その他にも、鴨川の水を汲み上げて神輿を洗い清める「神輿洗式」など、この「神輿渡御」にまつわる神事も、祇園祭の期間に様々行われます。(参考:祇園祭 祭事日程)
4.山鉾でご利益めぐりができるって本当?
―祇園祭は疫病退散以外にご利益はありますか?
若村:各山鉾には宵山(前祭14~16日、後祭21~23日)ならではのご利益がありまして、宵山の期間中「ちまき」を授与しています。このちまきは、お菓子ではなくお守りで、もちろん食べることはできません。祇園祭のちまきや護符には「蘇民将来之子孫也」、つまり「私は蘇民将来の子孫です」と書かれているのですが、これは、八坂神社の御祭神・素戔嗚尊(すさのをのみこと)が旅の途中でもてなしてくれた蘇民将来に感謝し、「この茅の輪(ちのわ)を持っていれば、子孫を疫病から免れさせる」と約束した伝説に由来するもの。
そのことから、ちまきを玄関に吊しておけば、1年間、厄除け・災難除けとともに各山鉾それぞれのご利益を授かることができると言われています。京都のまちを歩いていると、よく京町家やお店の玄関にちまきが飾られていますので、ぜひ探してみてください。ちなみにどんなご利益を求められていますか?
―まずは縁結びで、できたら金運アップも。それからやっぱり健康も祈願したいです。
若村:たくさん出ましたね……でも任せてください。まず縁結びと言えば、「保昌山(ほうしょうやま)」には縁結びのちまきがありますのでぜひそちらへ。それから、金運アップなら「郭巨山(かっきょやま)」は黄金の小判がついたちまきがあります。出世して結果的に金運アップを目指すということであれば、「鯉山」もおすすめ。あとは健康を願うなら、不老長寿の「菊水鉾」がよいかもしれませんね。
―本当に色んなご利益がありますね。
若村:近年ではちまきをインターネットで取扱いされているところもあります。ちなみにちまきも各町内でこころを込めて作っていますよ。
―山鉾町のお仕事は巡行に関わることだけではないのですね。
若村:そうですね。ところで、祇園祭に関わっておられる方の話も聞いてみたいと思いませんか?
―ぜひ聞いてみたいです!
若村:そう思いまして、今回は、郭巨山保存会・副理事長と函谷鉾祇園囃子嘉多丸会・相談役を務めておられる小林裕幸さんもご参加いただくことにしました。
小林さん:祇園祭の話をすると止まらなくなりますが大丈夫ですか?(笑)
―大丈夫です(笑)よろしくお願いいたします。
5.京都の人にとって祇園祭とはどんな存在?
若村:小林さんはいつ頃から祇園祭に関わっておられますか?
小林さん:「祭に関わる」という意味では昭和38年(1963年)、小学3年生の頃からです。函谷鉾の囃子方に参加するようになりました。
―囃子方というのは?
若村:山や鉾の上で笛を吹いたり太鼓を叩いたりしてお囃子を演奏している場面をみたことはありませんか?「コンチキチン」と表現されるのはこの囃子方の演奏によるものです。
小林さん:巡行のときのリズムとテンポをとる、という役割もありますよ。
それまでは鉾は見上げるものでしたが、囃子方になってからは鉾に乗れるわけですよね。人と違うことができる面白さを、子どもながらに感じていました。
―山鉾町の方たちは普段、どのようにお祭りと関わっているのでしょうか?
小林さん:お祭りが終わったところからお話しすると、山鉾やお飾りに傷がないかなどを確認します。修理の必要があれば各所に手配や補助金の申請をしたり……。そんなことをしているとあっという間に年を越します。3月になれば総会、4月には授与品の選定、5月には保険の確認、そして6月にはお祭りのシフトなど細かいことをばたばたと確認しながら、いよいよ7月の本番を迎えます。
若村: 本当に1年を通してお祭りに関わっていらっしゃるわけですね。
小林さん:どうせ関わるのであればどっぷり関わった方が楽しいだろうと、そういう思いが根底にありますね!
―京都の人がそこまでして取り組まれる祇園祭の魅力ってどんなものなのでしょうか。
小林さん:これはもう、DNA(遺伝子)ですね。実は私、7月19日生まれで、巡行のお囃子も母親のお腹の中で聞いていまして。慌ただしい巡行を終えた後に生まれたことから、「生まれた時から親孝行!」で育ってきました。(笑)
若村:まさに赤子の頃から祇園祭の魂が刻まれていたわけですね。
小林さん:そんな生まれで、目の前に山が建つ環境で育ちまして。子どものころは山に潜って遊んだりして……。
若村:えぇ!山が遊び場に!?
小林さん:今では考えられないでしょう?でも私たちの頃は本当にそんな感じで、やっぱりその頃の経験があるからこそ祭に親しみを覚えますよね。
若村:親しみがあるからこそ、守ろうという気持ちも生まれる。
小林さん:なので、郭巨山では「子ども開放デー」として、町内の子どもたちが山鉾に触れる機会を用意しています。私たちがそうだったように、子どもの頃の経験が将来、祭を守ろうとする気持ちに繋がるのではないかと。
若村:大人になった時、新しい風を吹き込んでくれるかもしれませんね。
小林さん:まさにその通りで、そうした柔軟な考え方と、この部分は絶対に変えてはいけないという伝統を守ろうとする気持ち、この2つのバランスで祇園祭は続いてきたと思っています。古い考えも新しい考えもどちらも大事で、その融合こそが祇園祭の真髄ではないでしょうか。だからこそ、新しい人が意見を言いやすい環境であることも大切だと思っています。
6.おすすめの祇園祭の過ごし方って?
―祇園祭のおすすめの楽しみ方を教えてください。
若村:「山鉾曳初め(ひきぞめ)」(前祭12~13日、後祭20日)はおすすめです。山鉾がきちんと動くかを試す行事で、山鉾巡行では専属の「曳き方」だけが曳くことができるのですが、曳初めでは老若男女誰でも参加して曳くことが出来ます。
―小林さんのおすすめも教えてください。
小林さん:私からは山鉾観賞の楽しみ方を。山鉾は「動く美術館」と呼ばれるほど懸装品が見事なのでぜひご覧いただきたいのですが、巡行はあっという間に通り過ぎますし、なかなかゆっくりとは見づらいですよね。でも、各山鉾の近くに「会所」と呼ばれる場所があります。普段はそこで祭りの集会をしたり、お囃子の練習をしたりしているのですが、宵山の日には、そこで山鉾の懸装品をじっくりと見ることができますので、ぜひご覧ください。ちまきなど縁起物の授与もここで行われます。
若村:確かに会所であれば、その年の巡行には登場しない懸装品までをも、見ることができますね。
小林さん:その際のポイントがありまして。これは価値のあるものですよ、と言われてもよほど詳しくない限りいまいちピンと来ないですよね。そこで、懸装品の意匠の中から気になるモチーフを見つけることをおすすめしています。例えば植物。山鉾は34基ありますが、その懸装品の中に植物はなんと90種類以上も描かれています。私はこれを「植物採集」と呼んでいます。
若村:植物採集!それは新しい楽しみ方ですね!
小林さん:ほかにも「猛獣狩り」や「昆虫採集」、「バードウォッチング」も出来ますし、ファッションが好きな方であれば、御神体人形が纏っているお衣装はもちろん、町内の人が着る法被や浴衣もそれぞれ異なりますので、その違いを見るのも面白いですよ。
若村:なるほど!自分の興味のあることを入り口にすると、祇園祭の楽しみ方もまた少し変わりますね。他に何が出来るかなと考えてみましたら「魚釣り」もできそうですね!
宵山の日はほかにも、山鉾町の旧家で屏風などの家宝を披露する習わしがありますので、そちらもぜひ巡っていただきたいですね。このことから祇園祭は別名「屏風祭」とも言われています。
―祇園祭が身近に感じられるような気がしてきました!
小林さん:最後にとっておきのひみつを。全34基の山鉾のほとんどの飾りなどどこかに「龍」の絵や彫刻があります。龍は水を司る「龍神」とされ、八坂神社が京都の東を守護する「青龍」の位置にあたることから、龍神が住む神泉苑と繋がっているとも言われ、梅雨時の順調な農耕と、それから火事からも守ってもらえる、という2つの願いが託されています。
若村:へぇ!これは私も初めて知りました!
小林さん:その「龍」を探してみるのもツウな楽しみ方のひとつかもしれませんね!
―ありがとうございました!山鉾めぐりの様々な切り口での楽しみ方を知ることができました!
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記事を書いた人:若村 亮(わかむら りょう)
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株式会社らくたび 代表取締役
- 洛を旅する - 「 らくたび 」 を創立して京都に特化した事業経営を行い、『 らくたび文庫 』 など京都関連書籍の企画・編集・執筆や、旅行企画プロデュース、各種文化講座の京都関連講演の講師、京町家の魅力発信や活用・維持保存、テレビ・ラジオ番組の出演など、多彩な京都の魅力を広く発信している。著書に、らくたび文庫シリーズ( コトコト )、『京の隠れ名所』(実業之日本社)など多数。