京の食文化のバックヤード『京都市中央卸売市場』

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昭和35年 仲買人店舗

中央卸売市場発祥の地である京都が果たすべき役割。 

 日本で最初に中央卸売市場ができたのが、ここ京都だということを知っている人はそれほど多くあるまい。と同時に、開設の目的に日本史の教科書で見覚えのある、あの「米騒動」が深く関わっていたこともまた、知る人は少ないだろう。
全国で起こった米価の暴騰により社会不安が広がり、大正7年(1918年)に米騒動が発生する。政府はこうした庶民の生活に直結する米をはじめとする食料品を安定的かつ安価に提供するため、大正12年(1923年)に中央卸売市場法を制定・公布。昭和2年(1927年)に全国に先駆けて開設されたのが、ここ京都市中央卸売市場だったのだ。


京都市中央卸売市場が担う機能は大きく5つ存在する。
①多種多様な品目を豊富に揃える「品揃え機能」  
②食生活に必要なさまざまな生鮮食料品を集め、効率的に仕分けする「集荷・分荷機能」 
③ 集めた生鮮食料品を需給に応じて適正に価格付を行う「価格形成機能」
④ 販売代金をスピーディーに決済する「代金決済機能」
⑤ 多様なニーズに応えるために情報収集・発信する「情報受発信機能」 
である。

しかし近年は上記の5つの基本機能に加え、市場の果たす役割も多様化しているという。そのひとつが甚大な災害への備え。具体的には災害時の食の供給拠点としての役割だ。そう語るのは京都青果合同株式会社の社長で京都市中央卸売市場協会会長でもある内田隆さんだ。

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京都市中央卸売市場協会会長 内田隆さん

内田「京都に限らず中央卸売市場というのは敷地も広く、建物も頑丈にできていることが多いんです。かつて阪神・淡路大震災の神戸でも建物の損壊や液状化被害も多くありましたが、市場はわりに早い段階で回復しました。災害時、被災者の食料の確保と分配はとても切実な課題になります。その意味でも中央卸売市場は、食料の集荷や分配にあたっての拠点基地機能を担えます。さらにいえば、もっとも懸念されている南海トラフ地震が発生したら、大阪や神戸の市場は湾岸にあるため、津波の被害を受ける可能性が高い。もしそうなった場合、京都市中央卸売市場は近畿圏の食料供給基地としての機能が求められるのではないか。そうした広域のネットワークや設備面も含めた非常時を想定した体制の整備をしておく必要があると私は考えています。」

そのほかにも京都市中央卸売市場は、京野菜や水産物の海外輸出、小売・量販店の大型化による取引形態の変化への対応など、時代の変化や消費者ニーズの多様化に応じた新しい役割がつねに求められ、そのひとつひとつに応えてきたのだと内田さんは語ってくれた。おそらく起源は平安時代の「東市・西市」まで遡るといわれる市場機能は、たゆまぬ努力とイノベーションの繰り返しによって受け継がれ、今日も人々の生活の礎である食を支えているのだと言っていいだろう。

京の食文化を守る、「ワンチーム」としての固い結束。

全国に先駆けて、いち早くその歴史をスタートさせた京都市中央卸売市場。他地域の中央卸売市場と比べて、京都市中央卸売市場ならではの個性や特徴があるかと尋ねたところ、内田さんは「仲卸業者・卸売業者との友好な関係性」と「京都市や京都府など行政との強固な連携」のふたつが、もっとも他と異なる点だと分析した。

内田「昨年の卸売市場法改正で第三者販売の禁止を緩和することが可能とされましたが、京都市中央卸売市場では、引き続き第三者販売を原則禁止としています。第三者販売というのは、生産者から野菜や魚などの農・水産物を仕入れる卸売業者さんが、その買い手である市場の仲卸業者さんを経由せず、小売店や消費者などの第三者に直接販売することです。一見すると消費者にはメリットもあるように思えますが、これは卸売業者が仕入れる数量や価格などを自由に決めることができるため調整機能が働かず、安く買える時もあれば不自然なほどに高くなることも有りうる非常に危ういものです。京都市中央卸売市場では仲卸業者と卸売業者、そして市場(開設者京都市)との関係が良好であること、また参加者全員が利益重視ではなく「食の安定供給」という市場開設時の精神を大事にしていることもあって、それぞれの役割分担をきちっとやりながら、市場は仕入れについても販売についても卸売業者と仲卸業者をしっかりサポートしていく。そうした信頼関係がきちんと出来上がっていることが大きいと思います。」

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もうひとつ、内田さんが他市場ともっとも異なると考えていることがある。それは、京都市や京都府といった行政機関との連携がうまく取れていることだ。平成17年(2005年)に食育基本法が制定される以前から、内田さんは小学校で野菜をタネや苗から育てる実践的な授業をサポートするなど、食育・農育活動を始めた。単発のイベントではなく実際の授業として子どもたちに取り組んでもらうためには、京都市など行政との連携が不可欠だが、いち早くこうした活動がスタートできたのも、普段からの行政機関との信頼関係によるものが大きいと内田さんは胸を張る。

内田「こうした食育・農育活動は、いまでは全国のいろんなところで展開されていますが、当時はかなり画期的なことでした。近隣の小学校の中で熱心な校長先生や京都市の教育長さん、教育委員会も賛同してくれたからこそ実現できたことでした。業界新聞でこの活動が紹介されると『京都でなんかおもしろいことやっているらしい』と噂が噂を呼んで、やがて全国の卸売市場に広がりました。」

近年、京都市中央卸売市場は「子ども食堂」への食材提供や、大学と連携した「京の食育ワンダーランド」の開催など、活動のフィールドはさらに広がっている。これらのプロジェクトについても、京都市との密接な連携が功を奏した好例だといえるだろう。

前を向き、顔を上げ、ピンチは変革の契機と考えた。

2020年に発生した新型コロナウイルス感染症拡大による影響は、京都市中央卸売市場にも及んでいた。百貨店やホテル、料亭や旅館などが稼働しなくなったことで、鮮魚をはじめ、メロンやマンゴーなどの高級果実、賀茂茄子、万願寺とうがらし、大葉、三つ葉と言った高級野菜などの売れ行きが激減した。販売価格は半額から一時期には1/10まで下落したこともあったという。
しかし、そうしたなかでただ手をこまねいていたわけでは、もちろんない。昨年4月から7月までの間、普段は料亭や旅館に卸していた高級食材を、一般のご家庭で気軽に購入してもらうために立ち上げたECサイト「おうちdeおさかなマルシェ」が好評で、水産関係者や仲卸業者、卸売業者の窮地を救うことにつながった。また、昨年10月には、京都市中央卸売市場の仲卸業者が厳選した旬の鮮魚をはじめ、塩甘鯛や笹カレイなどの塩干食材、西京漬けや鯖寿司などの加工食品にいたるまで、京都らしい食材を中心にインターネットで販売するECサイト「おうちde京の食文化」を開設。中央卸売市場が全面的にバックアップするものとしては全国初の取組みとして注目され、落ち込んでいた売上げの回復に貢献した。

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ECサイト「おうちde京の食文化」

内田「コロナだからと下を向くのではなく、むしろこういう時期だからこそ変革のチャンスだと捉えて、取り組むことにしたんです。ECサイトによるネット販売にしても、コロナ禍が起きる前から課題になっていたのに後回しにしてきたことでした。ピンチになったからこそ、みんなが前を向けた。重い腰をあげるきっかけになった。私はそうポジティブに考えています。」

今後は同様の取組みを、青果部門にも拡大したいと内田さんは語ってくれた。 

梅小路エリアの新たなランドマークとして生まれ変わるために。

現在、京都市中央卸売市場は大規模な改修工事の真っ最中である。その目的は衛生管理の徹底、温度管理をはじめとした機能の高度化および閉鎖型施設への移行、物流の効率化といった機能面での向上などが見込まれ、2018年12月に着工した新水産棟の工事は2022年度での完成をめざしている。完成後は青果棟の工事に着手。こちらは2028年度の完成予定と、長期ビジョンに基づいた息の長い事業となっている。
また、今回の改修には、観光客や市民が訪れることができる見学者用通路やガイダンスルームなどを整備することも盛り込まれており、水産棟のせり場の見学に加え、映像による展示や音声ガイダンスなどを通じて、来場者が京都市中央卸売市場の機能・役割や、京の食文化などについて学べるほか、京都駅西部エリアの活性化にも貢献することとしている。見学者用通路は、大きな窓からせり場を見下ろすかたちで設置され、「せり」など市場の主要な機能を見て回れるようになる予定だ。

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内田「京都駅からも近く、ホテルも多く進出してきています。京都市内中心部には貴重な大きな公園である梅小路公園もあり、京都水族館や鉄道博物館など家族で楽しめる施設も多い。梅小路は本当に魅力的なエリアです。この地でずっと京の食文化を支えてきた私たちも、そのまちづくりにぜひとも寄与したいと考えているのです。たとえばニューヨークのブルックリンみたいに『アートと食でまちづくり』というのもいいと思います。」

一方で内田さんは、古き良き京都市中央卸売市場の伝統も大事にしていきたいと語る。そのひとつが、卸売市場の代名詞ともいうべき「せり」だ。じつは今では他市場の多くでは「せり」は形骸化しており、かわって「相対」と呼ばれるあらかじめ販売価格と販売量とを卸売業者と仲卸業者の間で決めておく取引形態が一般化している。しかし京都市中央卸売市場では、いまでも「せり」を重視し、内田さん曰く「他市場だと5、6分ほどですが、ウチは1時間から1時間半はきっちりやっている。」という。たまに見学で市場を訪れる生産者からも「京都は昔の市場の雰囲気が残っている。」と安心してもらえるのだそうだ。

内田「京都はやはり食文化の最高峰。ロットの少ない希少な野菜や高級野菜も数多く出回ります。しかも目も舌も肥えた料亭の料理人さんやお客さん相手に納得してもらえる青果物・水産物をお届けしなければなりません。ですから、京都の仲卸業者さんには職人のような目利きがたくさんいて、その日いちばん良いものを手に入れようと目を光らせていらっしゃいます。そこで『せり』をして、目利きの仲卸さんによって公平に競り落としてもらう。その結果、より高値で買ってもらえると生産者さんにも信頼されますし、質の高い仕入れができるとお店の人からの信頼も得られます。」

つくづく、京都は人と人との信頼によって成り立っている。それは食文化を支えている京都市中央卸売市場における、生産者と卸売業者、仲卸業者と小売店・料理店などの関係の深さにも表れている。さらに言えば、そこに京都市のサポートが加わり、コロナ禍での危機時にも「私たちは利益のために働いているのではありません。食の安定供給という公的役割を担っているという責任感とプライドのために働いているのです」。そう語る内田さんの言葉と決意には、およそ1世紀前の京都市中央卸売市場開設時の理念が、そのまま受け継がれているのだった。

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昭和37年以前 第一次整備前 管理事務所裏玄関 花屋町通付近

ECサイト「京都市中央卸売市場厳選!おうちde京の食文化」
市場の目利きが厳選した食材(鮮魚、塩干、野菜、果物、加工品、乾物など)を全国へ。 

https://www.suisan-kyoto.jp/

京都市中央卸売市場サイト
市場の機能や役割、市場で開催している様々なイベントや旬の食材情報等を発信しています。 

http://www.kyoto-ichiba.jp/

記事を書いた人:ENJOY KYOTO

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