食卓の真ん中にいる名脇役。 京都パン文化

 京都を全国パン消費量一位にしたのは進々堂?

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最近よく「京都はパンの一世帯当たりの消費額が全国一位」という話題を目にするが、その理由には諸説あり、定かではない。もともと京都では明治のころ既に喫茶店やコーヒー文化も盛んだったためパンの普及も早かったのだとする説もあれば、西陣はじめ手仕事をする伝統工芸の職人さんにとって片手で食べられるパンはありがたかったという説、また和菓子屋さんが多くあった京都では餡が手に入りやすかったことから餡パン人気に火がついて急速に普及したともいわれている。

どの説もそれぞれに真実味があり、おそらくはそれらが複合的に関与しているのだろう。ただ、パン食が京都の一般庶民の間に爆発的に広がり定着した理由については、京都人でその名を知らぬ者のない老舗ベーカリー進々堂が、ある商品を発売したことが多大な貢献をしたことは間違いない。

その商品とは、昭和27年(1952年)に進々堂が発売した「デイリーブレッド」。それまで一本そのままをむき出しの状態で販売していた食パンを、日本で初めて1枚ずつスライスして包装紙に包んで売り出したのだった。

家庭でパンをスライスする手間から主婦を解放したこの「デイリーブレッド」は、瞬く間に大ヒット。京都の家庭に「朝ごはんはパン」というパン食文化を浸透させるきっかけになり、結果的に京都がパンの一世帯当たりの消費額全国一となる礎を築いたのは、この進々堂の「デイリーブレッド」のヒットだったのではないかといわれているのだ。

 

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「デイリーブレッド」誕生秘話。

進々堂の現社長である続木創(はじむ)さんは、創業者である続木斉(ひとし)の孫であり、「デイリーブレッド」の生みの親である続木満那(まな)の息子である。

続木「父がある日『ベーカリー・ウィークリー』というアメリカのパン業界で一番読まれている業界誌を日本に取り寄せて読んでいたところ、アメリカでは食パンはスライスされ、包装されて売られているということを知り、日本でもこれをやってみようと思い立ったのが始まりだったそうです」 

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満那はすぐさま食パンをスライスする機械と自動包装する機械をシカゴから取り寄せた。しかし当初はうまくいかず、社員をシカゴに研修のために半年間送り込み、2年の研究を経てようやく自動スライス&自動包装を実現。こうして「デイリーブレッド」が誕生したのだった。当時はあまりの売れ行きに生産が追いつかないほどの一大ブームを巻き起こしたという。

文明開化とともに歩んだ進々堂の歴史。

進々堂が創業したのは1913年(大正2年)。当時の日本には既にパン屋さんは数多く存在していた。明治維新以降、鎖国が解かれ、海外から多くの賓客が来日しており、彼らのためにパンが必要だったのだ。パン作りは既に明治には定着していたのだ。

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進々堂の前身となる店が開業したのは明治40年(1907年)。創業者・斉の妻ハナの兄である鹿田久次郎が開いたのだが、実は彼がパン屋を始めたのは、日本から脚気を根絶したいという思いからだった。

当時、脚気が日本の国民病として猛威を振るい、毎年300万人もの人が亡くなっていた。ところが黒パンをひと口食べただけで脚気が治ったという事例が、栄養学者から相次いで報告されるようになった。その理由はパンの原料である小麦粉に含まれているビタミンB1。脚気はビタミンB1欠乏症であるため当然のことだった。パンには他にも、繊維、ミネラル、たんぱく質など、白米には含まれていない有用な栄養素が含まれている。日本人もこれからはパンを食べることでもっと健康になれる。そう考えた久次郎はパン屋を始めたのだった。

しかしその後、ある事情により久次郎が店を続けられなくなった。そこで妹夫婦である、斉とハナが店を継ぐ形で開いたのが進々堂だったのだ。

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(左)続木ハナ (右)続木斉

 続木「実はもうひとつ日本でパンが普及するのに大きな役割を果たしたものがあります。それは戦争です。日露戦争で日本が勝利してロシア人の捕虜が日本にたくさん来た。その際に捕虜の食事としてパンの需要が急増したのだそうです。収容所にパンを納品するためにできたパン屋が当時たくさんあった。ロシア人は白パンを嫌がったので黒パンの研究を一所懸命やったという記録も残っているそうです」。

日露戦争が日本の勝利で終結したのが明治38年(1905年)。日本国内のロシア人捕虜収容所は当時全国に29箇所あり、7万人以上が収容されていたのだが、最大の収容所があったのが大阪だ。大阪・浜寺の収容所には3万人近くの捕虜が集中しており、そのことも神戸や京都など関西でパン文化がいち早く花開いた原因のひとつだったのではないかとも推測できる。

そして、この話には興味深い後日談がある。実は100年の時を経た2006年、「フランス産小麦を使ったバゲットコンクール」が初めて日本で行われた。そのコンクールはフランスの名だたるパン業界の権威に320本ほどのバゲットを目隠しで試食させ、純粋においしさだけを競うもの。そこで進々堂は既に製品化され店頭に並んでいた「レトロバゲット1924」を出品。東京の有名ブランジュリーシェフたちがコンクールのために特別に作ったバゲットを抑え、見事に準グランプリに選ばれた。

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レトロバゲット1924

このコンクールでグランプリに選ばれたのは、当時まだ名もなき小さな街のベーカリーだった「フルニエ」。実はこのフルニエがある和泉市は、なんとかつて日本最大のロシア人捕虜収容所があった浜寺公園のほど近くにある街なのだ。その因果関係はもちろん定かではない。しかしこの奇妙な符合からは、関西パン文化の歴史の奥深さを感じさせる。「今でもパンのおいしさは西高東低」と続木さんは胸を張った。

今や本場フランスを超えた日本のパンの技術。

創業者である続木斉が1924年にパリに留学してからおよそ100年。日本のパンの実力は目覚ましい進歩を遂げ、今やフランスやドイツで行われるパンの国際コンクールで常に優勝またはそれに準じる成績をおさめるに至っている。技術面において日本のパン造りは既に本場フランスよりも上とも言われる。その理由について、続木さんはこう分析する。

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続木「フランス人にとってパンは『農産物』なんです。『近所で収穫された麦を挽いて焼いたらこうなりました』という感じ。だから『美味しく焼く』という発想はあっても『一定の品質で焼く』という発想はあまりありません。今年のパンと去年のパンが同じ味だったらおかしい、去年の小麦と今年の小麦は違うのだから、と。しかし日本は発想がまったく逆。品質がブレることはあってはならないと考えます。日本の製粉会社は、たとえ気候に恵まれず作柄がすごく悪い年でも、小麦のブレンドや粒度管理、酵素活性などで調整して、同じ品質の小麦粉を出してくれる。それはそれでものすごい技術でとてつもないことをやってるんです」

また、フランスではパン職人もお客さんも、パンの焼きムラをまったく気にしない。よく焼いたのが好きな人は濃いのを買えばいいし、薄焼きが好きな人は白いのを買えばいいという考え方。だからフランスのパン屋さんでバゲットくださいって言うと「ビアンキュイ?(よく焼いたの?)」と尋かれることがあるという。一方、日本では、焼き方を完璧に調整してムラが出ないようにする。そうした細やかなこだわりが、技術の差につながっているのだ。

しかし続木さんは「実は個人的にはフランスのそういう考え方は大好きです」と言う。

続木「ワインも年によって味が違う。自然のものだからそれは当たり前です。近所で収穫された麦で作ったパンと、その年に絞られた乳で作ったチーズと、その地方のぶどうで作られたワインがある食生活。これってとても贅沢。日本でも、和食には自然や気候に直結した食文化がありますね。それと比べると日本人にとっての洋食文化、特にパン文化はまだまだ工業的な感覚が支配しているのかもしれません」続木さんはそう話した。 

成熟した消費者に認められ続けるパンを。

しかし近年、おいしいパンを判別し、自分の好みにあったものをきちんと見つけて選ぶことができる「成熟した消費者」が飛躍的に増えてきているという。

続木「私がパン業界に入って初めて直営店の店長をしたとき、バゲットをバリッと焼いて店に置いていたら、お客さんがトングでコンコンと叩いて『あら、これ硬いわ』と言って買ってもらえないことがよくあった。しかし、今はバリッと硬いバゲットがおいしいと分かってくださるお客様がほとんどです。かつてはライ麦パンも『酸っぱいな。腐ってるの?』なんて言われたこともありましたが、今はそういうこともなくなり、パンを売っていて楽しいです」 

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本物が受け入れられる時代になってきた。だからこそ嘘がつけなくなっている。しかしそれは「長年にわたって本物のおいしさだけを真っすぐ追究してきた進々堂にとってはすごく良いこと」続木さんはそう語る。進々堂に時代が追いついたのだ、と。

「時代が変わっても、パンの本当の味を分かって購入してくださるお客様に、今後も混じり気のないおいしいパンを届けていく。それ自体は変わらない」と話す続木さん。一方で変えるべきこともある。例えば、これまでは大阪や東京からの出店要請をすべて断り、直営店は京都市内だけに絞ってやってきた。もちろん創業地である地元・京都のお客さんを大事にしたいという思いがあった。また、セントラル工場からパンを直送する進々堂のシステムを崩したくなかった。そのシステムで美味しいパンを届けられる範囲は限られている。しかしコロナ禍による自粛の影響で、ホテル・レストラン向けのパンの需要が大きく落ち込んだ今、新たに通販事業部を準備し、全国の一般消費者にも冷凍パンをお届けするための通販サイトを本格的に立ち上げようとしている。今後は「直営店」「業務用」に加えてこの「通販」を事業の3本目の柱に育てようと考えている。決して老舗の名の上にあぐらをかいているわけではないのだ。

続木「パンは洋の食文化の接着剤。料理とのマリアージュ、ワインやコーヒーとのマリアージュ、チーズとのマリアージュ、パティスリーとのマリアージュ。無限に組み合わせがあります。今後も進々堂の直営店ではパンを取り囲む食文化の楽しさ豊さをお客さまと共有できるあらゆる可能性を模索したいです。また業務用パン得意先さまのホテルやレストランではパンはあくまで『脇役』ですが、進々堂は『一流シェフの名脇役』を目指して参ります」と今後の抱負を語る。

 

続木さんが個人的に好きだと語る特別なパン。

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続木さんが個人的に開発させた特別なパンが一つだけある。それが「全粒生活」。北海道産の「春よ恋」という小麦粉を自家製粉し、製粉したての全粒粉で作ったパンなのだ。他のパンとの違いは、通常の小麦粉の場合、製粉会社が製粉後2週間ほど小麦粉の酵素活性を安定させる「エイジング」という貯蔵行程を経たものを仕入れている。製粉したての小麦粉は酵素活性が高く、酵素が暴れているためベタついて扱いづらいからだ。

しかし「全粒生活」は製粉会社を通さず、「春よ恋」を粒のまま仕入れて工場内に設置した小さな製粉機で自家製粉している。そして製粉後のエイジング期間もテストを重ね、状態を確かめてみた。すると製粉後5日を過ぎると風味が落ち、続木さんの好きな味ではなくなることが分かった。そこで最終的に製粉後3日で焼くことにした。製粉間もない小麦粉は扱いにくいため機械は一切使えない。全ての工程は手作業で行われている。

しかし、苦労の甲斐あって「全粒生活」は噛めば噛むほど小麦本来のおいしさが広がり、まさに続木さんが理想とするパンの味に仕上がっているという。

続木「『全粒生活』は、日によって味がかなり違います。でも、それでいい。それがいい。だからそのまま店頭に並んでいます。このパンだけは、毎日の品質が違っていても私は怒りません。そういう種類のパンではないからです。わざと安定しない材料で作っていますし、逆に安定させようとするとおいしくなくなります。フランスのパンの考え方に近いパン。あれだけは特別なのです。皆さんもぜひ、一度食べてみてください」

 

進々堂
店舗情報の詳細につきましては、ホームページをご確認ください。
http://www.shinshindo.jp

  • 進々堂 三条河原町店

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  • 進々堂 寺町店

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記事を書いた人:ENJOY KYOTO

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